今年3月に亡くなった漫画家・つげ義春さん(享年88歳)。名作『ねじ式』をはじめ、彼の、主流から距離を取りながらも確かに読者の深部に入り込み続けたその作品群は、娯楽としての漫画とは異なる領域を切り拓きました、今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では辛口評論家として知られる佐高信さんが、つげ作品に強く惹かれながらもどこか距離を置いてきた自身の視点を通して、その特異な魅力と受容のあり方をたどっています。
追悼譜 つげ義春
漫画と無縁だったわけではない。
筑摩書房から出た鶴見俊輔編の現代漫画シリーズは求めていたし、白土三平や水木しげるのそれも熱心ではないが、読者だった。
しかし、つげは私にとって盲点だったのである。
川本三郎も称揚しているが、『ねじ式』(小学館)をはじめ、つげの漫画は異界に誘ったり、人間存在の根っこをスッと提示する、いや、存在の不安を気づかせるのである。
![『ねじ式』の舞台となったといわれる太海は、現在「鴨川ビタミンウォーク絵かきの里コース」の「終点」に指定され[44]、機関車が住宅の中に現れるシーンの場所には『ねじ式』の一コマの看板が掲げられた。はい わずか5円であります, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons](https://www.mag2.com/p/news/wp-content/uploads/2026/04/Vitaminwalk-Futomi-Yoshiharu_Tsuge2.jpg)
『ねじ式』の舞台となったといわれる太海は、現在「鴨川ビタミンウォーク絵かきの里コース」の「終点」に指定され[44]、機関車が住宅の中に現れるシーンの場所には『ねじ式』の一コマの看板が掲げられた。image by:はい わずか5円であります, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
ところが、私はそれに夢中にはならなかった。
親しく思うけれども、ちょっと避けてきた。
無意識の裡にである。
今度出した『昭和に挑んだ作家たち』(平凡社新書)の吉村昭の項で、私は吉村と城山の対談を引いた。
藤沢周平を含めて昭和2年生まれの3人は「威風堂々という雰囲気はない」ところが共通している。
その吉村の指摘を受けて、城山が、
「だってビクビクしながら生きてるんだもの、こっちは」
と言い、それに吉村が
「そうそう、小さくなってきている」
と応じている。
つげの漫画には生々しい強姦シーンも出てくるが、激する自分の欲望への不安も内在させての「びくびく」である。
自信満々で生きている人に、つげの漫画は届かないだろう。
おののきながら生きている人、あるいはフツーに生きられない人に、つげは支持される。
『紅い花』『通夜』『無能の人』『李さん一家』『沼』『手錠』『砂漠』『山椒魚』と題名からして日常的でないものを連想させる。
つげは“良心的”が嫌いらしい。
そんな平均的な人生を送ってこなかったからかもしれない。
つげを追悼するために、あわてて正津勉の『つげ義春』(作品社)と『つげ義春が語る マンガと貧乏』(筑摩書房)を手にしたが、1981年のインタビューでつげがこう答えているのには大共感した。
「今のマンガは作家自体でみんな余裕を持って描いているんですよ。良い原稿料をもらっちゃってね。面白おかしくだけで描いている物が大半だもの。貸本マンガの描き手は年代的には若かったけど、みんな切羽詰まった生き方をしていたから自然と作品の中でにじみ出てきたんですよね」
『ナニワ金融道』(講談社)の青木雄二とは接触がなかったのだろうか。ちょっと同じ匂いがする。
「自分みたいに本当に描きたいものをかかえて、描く場所がないなんてことで悩んだ者が今の作家にはいないんじゃないのかしら。
もちろん口先では自分だって描きたいものがあるんだけど、いろんな条件の中で描くことができないなんて言う人は大勢いますよ。でもそれは本当は持っていないんですよ」
なかなかに激烈なつげの言葉だが、つげは「ぼくはあんまり世の中のことと関係なく生きてきたような感じで、それがよかったような気がしている」とも言っている。
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image by: Selbymay, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons









