沖縄慰霊の日、朝日・読売両紙は現場の空気をどう伝えたのか?

 

沖縄戦が終結したとされる6月23日。沖縄ではこの日を「慰霊の日」と定め毎年「戦没者追悼式」が執り行われていますが、今年は普天間基地移設問題を巡る国と県との応酬が続いていることもあり、いつも以上に注目を集めました。これを新聞各紙はどう伝えたのか。ジャーナリストの内田誠さんがメルマガ『uttiiの電子版ウォッチ』で詳細に分析・解説しています。

朝日・読売両紙は沖縄慰霊の日をどう伝えたのか

今朝の各紙、昨日の「沖縄全戦没者追悼式」についての記事が重要な位置を占めています。当然と言えますが、《朝日》は1面トップ、《東京》は1面の総て。《読売》の1面トップはマイナンバー関連で、沖縄のことは小さいですが、それでも最上段中央に写真付き。《毎日》は1面トップをTPA法案が米議会で成立へとのニュース、沖縄については左肩に写真付き。沖縄の問題についての見出しの付け方には各紙の個性が表れていて、充分比較可能になっています。

簡単に「異例」の式典と呼んで良いものか?

【朝日】の1面トップは、「沖縄戦70年 溝深い追悼式」。記事の上部には、動員された生徒らが自決したガマで祈る家族らの写真。その下に「平和宣言で知事『辺野古中止を』」の見出し。下には安倍総理を迎える翁長氏の写真。2人とも黒のかりゆし姿。

記事のリード部分では知事が平和宣言の中で、「移設問題」をめぐる安倍政権の姿勢を真っ向から批判。「式典は、政権と沖縄県の溝を映し出した異例の展開となった」とまとめている。

翁長氏の平和宣言には「『危険性除去のため辺野古に移設する』『嫌なら沖縄が代替案を出しなさい』との考えは、到底許容できない」などの文言もあり、参列者から拍手が起き、指笛が鳴ったという。そして首相の挨拶には「帰れ」のヤジ

県によると、辺野古移設の中止を明言した平和宣言は初めてのことだという。内外にアピールを強める中での平和宣言には、「米軍基地を語らずして平和は語れない」と県幹部は説明する。他方、首相は辺野古移設問題に触れず、基地負担軽減の別の事例を実績として訴えたのみ。知事との昼食も取らず、昨年より2時間半も短い4時間余りの滞在で沖縄を後にしたという。

uttiiの眼

「翁長氏が演出した戦後70年の追悼式の会場は、異様な空気に包まれた」と書く《朝日》記事のトーンの中に、政府も政府なら、沖縄も沖縄だという雰囲気が感じられる。「祈り」の場に「政治」を持ち込むのは如何なものかというような書きぶり。《朝日》的なバランス感覚なのかもしれないが、ちょっとどうかと思う。

慰霊の日の式典が政治的になるのは、今に始まったことではない。沖縄戦で家族を亡くした高齢の遺族が多く参列する中、ヤジはいつものこと。私が取材した菅内閣の時でも、「帰れ」の怒号が飛び交った。関係者は、どちらの側であっても、当然のことと思っているのではないか。

それとは別のことだが、知事の平和宣言の中で、通常なら「辺野古新基地建設」と呼ぶ今回の問題について、翁長知事が「移設」の言葉を使っていることが気になった。見方を変えたわけではないだろうから、これは陣営内保守派に対する一種の譲歩というか、平和宣言が政治的になりすぎることに対する気遣いだったのだろうか。あるいは、計画を見直すのは政府の仕事であり、その政府が「移設」と呼んでいるのだから、特に相手がいる場面では「移設」と表現する方が良いと考えたのだろうか。この文案は4月に作成し始めたものであり、微妙な言い回しの総てについて知事の了解と承認があるはずのものだ。どういうことだったのだろう。少し気に掛かる。

この点は実は、平和宣言の全文を読むと納得がいく。基地負担の余りの重さを強調するために、宣言は「米軍再編に基づく普天間飛行場の辺野古への移設をはじめ、嘉手納飛行場より南の米軍基地の整理縮小が成されても、専用施設面積の全国に占める割合はわずか0.7%しか縮小されず、返還時期を含め、基地負担の軽減とはほど遠いものであります」と書いている。ここは安倍総理の挨拶を見越した内容になっていて、これを聴いた後、安倍氏は「今後も引き続き、沖縄の基地負担軽減に全力を尽くす」と無内容な言葉を使わざるを得なかったわけだ。相手のロジックを使った方が、「負担軽減が進んでいるかいないか」という問いに対してクリアーな答えが出てくるということだったのではないだろうか。

>>次ページ 読売が伝えた大隊長の重要証言とは?

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