西郷どんは4日後に戦争突入。歴史上の人物は40歳頃ナニしてた?

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現代よりも寿命も短く、そして戦や政変が耐えなかった時代―。そんな中に名を残す、歴史上の人物たちは「不惑」と言われる40歳の時点で何を考え、何をしていたのでしょうか。今回の無料メルマガ『クリエイターへ【日刊デジタルクリエイターズ】』では共同執筆者の川合和史さんが、そんなちょっと気になる情報を紹介しています。

ざっくり日本の歴史 歴史上の人物は40歳ごろに何をしていたのか

◎聖徳太子(574年2月7日-622年4月8日)

まずはこのお方。聖徳太子こと、厩戸皇子。最近は教科書になんて載せるかが話題になったり、いなかったんじゃないかとまで言われる聖徳太子。生年に40を足した614年頃、何をしていたのでしょうか。

614年、犬上御田鍬(いぬがみのみたすき)を隋へ派遣していました。遣隋使はこれが最後になりますので、高校で日本史を選択していた方なら習ったかも。

また翌615年に三経義疏(さんぎょうぎしょ)のうち、聖徳太子の真筆として唯一現存する『法華義疏が完成したとのことなので、40歳頃の聖徳太子はこれを書いていたのではないでしょうか。

なお聖徳太子は、お妃の膳大郎女が亡くなった翌日に48歳で亡くなっています。

◎中大兄皇子=天智天皇(626年-672年1月7日)

続いてはこの方、今に至る天皇の礎を築かれた中大兄皇子。大化の改新という一大改革の端緒である乙巳の変で、蘇我を討ったのが19歳の時です。

666年のことは分からないのですが、663年に白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗、667年4月17日に近江大津宮へ遷都し、668年2月20日に天皇に即位されています。40歳の時は、遷都準備の真っ最中でしょうか。

天智天皇の弟で、後の天武天皇となる大海人皇子は671年に40歳。天智天皇崩御の前年で、天智天皇から後事を託す旨を告げられましたが、出家して吉野へ。

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