【原発の天敵】東京五輪をテコに一気に進む「水素社会」の未来を解説

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ビックリするような偏見もまだ……

『高野孟のTHE JOURNAL』Vol.168(2015.01.12号)

昨年12月18日、世界に先駆けて燃料電池車(FCV )「ミライ」を発売したトヨタ自動車は、年明けの5日には、同社が保有する燃料電池関連の約5680件の特許をすべて無償で提供すると発表した。「水素元年」と言われる今年に相応しい大胆な措置で、同社こそが水素カー時代を切り拓く先導役であることを世界にアピールするとともに、他社の参入を促して市場拡大を加速し、部品の高性能化や低コスト化、当面のネックとなっている水素ステーションの普及に拍車をかけようとの狙いがあると見られる。

そうは言っても、世界の自動車メーカーの次世代自動車についての考え方は様々で、国内ではホンダと日産が15~17年度中に水素カーの発売に踏み切るが、三菱自動車はプラグインハイブリッド車(PHV )に、マツダは従来型のガソリン・エンジンやディーゼル・エンジンの性能向上に力を入れているし、また海外では、フォルクスワーゲンがFCV の研究は怠っていないものの当面はPHV と天然ガス車の開発に重点を置いている。トヨタとFCV で提携しているBMW やホンダと組む米GMは2020年頃の発売を目指しており、発売を決して急いでいない。また日産と組む独ダイムラー、米フォードも、2017年に3社同時にFCV を出すだろうが、依然として電気自動車(EV)との両睨みという姿勢である。

トヨタは18年前、ホンダは16年前に、ハイブリッド車(HEV )でも世界の先頭を切ったのだが、HEV はしょせんはガソリン車の燃費を向上させるもので、21世紀後半まで生き残れる技術ではなく、環境規制の最先端を行く米カリフォルニア州の「ゼロ・エミッション・ヴィークル(排気ゼロ車)」規制では、18年以降、PHVを除くHEVは規制対象となる。電気自動車(EV)はゼロ・エミッションに違いないが、充電時間の長さと航続距離の短さが壁で、とてつもなく高性能のバッテリーが開発されない限り普及に限界がある。そこでFCV に車のミライを賭けようというのがトヨタの覚悟である。

●政府、自民党、東京都を動かしたトヨタ

トヨタのミライ発売は、政府が莫大な補助金を用意することなしにはあり得なかった。初年度の販売台数は700台で、1台の価格は700万円、そのうち200万円を政府が補助するので、ユーザーは500万円で手に入る。もっとも、初年度分については、中央官庁、水素社会モデル特区を進めている福岡県や九州大学、水素ステーションの技術で提携する岩谷産業、トヨタグループ内などに填め込み先が決まっていて、一般ユーザーはこの春までに50万円の予約金を払うと同じ条件で来年以降に手に入れることができる。水素カーが売れても、水素ステーションがなければ話にならないが、普通のガソリンスタンドの建設費用が1億円かそれ以下であるのに対して、水素ステーションは今のところ5~6億円かかると言われており、政府としては、従来の水素の輸送や貯蔵についての厳しすぎる規制を見直して建設コストを下げるよう図ると共に、建設費用の半分を補助して、15年には東京、名古屋、大阪、福岡を中心に100カ所、25年までには全国で1000カ所の建設を促すことにしている。これらを中心に、他方のエネファーム(家庭用燃料電池)の普及も含めて、15年度の概算要求で約700億円の水素関連予算が計上されている。

この動きを突き上げているのは、自民党議員100人超が参加する水素議連(FCV を中心とした水素社会実現を促進する研究会)である。小池百合子、福田峰之両衆議院議員が会長、事務局長を務めるこの議連をバックアップしてきたのがトヨタで、ブレーンとしてコンサルタント会社を送り込んで同議連が提言をまとめるのを助け、それを下地にして昨年4月に経産省が策定したエネルギー基本計画に「“水素社会”の実現に向けた取組の加速」の1項を入れさせることに成功し、さらにそれに基づいて2カ月後の6月には、資源エネルギー庁が「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を発表するよう仕組んだ。これらには、後に述べるように肝心なところで曖昧模糊としている欠陥があるのだが、ともかくも「水素社会の実現」が初めて政府公認の戦略となったのである。

エネルギー基本計画
水素・燃料電池戦略ロードマップ

これと並行して、トヨタは小池を通じて舛添要一都知事に「東京五輪で水素カーを走らせて世界を驚かせよう」と働きかけ、彼をその気にさせることにも成功した。小池が舛添にそれを囁いたのは、2月の都知事選に応援に行った選挙カーの上でのことだったと言われているが、舛添の当選後、3月には豊田章男トヨタ社長がちゃっかりとオリンピック組織委員会副会長に就任している。

こうして、トヨタの強烈な働きかけを背景に、政府・与党と東京都が一体となって、東京五輪を当面の段落として水素社会化を一気に進めようとする構図が出来上がった。トヨタの商魂のなせる業と言えばそれまでだが、私は、他の先進国に先駆けて水素社会を実現することが最大の成長戦略(という言葉は嫌いで成熟戦略と言い換えたいが)であり、また脱原発の決め手であると思っているので、この流れを強く支持する。

●水素はダメだという誤解や偏見も

新聞では日本経済新聞がはっきりと水素社会化を推進する立場の報道をしており、また経済雑誌や科学雑誌も同様の大特集を組んでいる(例えば『週刊ダイヤモンド』14年10月25日号「トヨタを本気にさせた水素革命の真実」、『ニュートン』15年2月号「水素社会の到来」など)。

それに対して、水素なんかダメだという足を引っ張るような論調も散見される。最もレベルの低い反対論は、大前研一の「水素は爆発するから危険だ」「水素を低コストで製造するには原発の夜間電力を使わなければ採算に合わない」といった主張で、これについては本誌14年8月4日号(No.743)で取り上げたので繰り返さない。大前は元々は原子炉の設計が専門で、ゴリゴリの原発推進派だが、総じて水素反対論はその陣営から発せられていることが多いようだ。

狂信的な原発再稼働と海外輸出促進派である葛西敬之=JR東海名誉会長が支配する月刊誌『WEDGE 』15年1月号が「水素に未来はあるか」という特集を組んで、「現状のFCV や水素価格には化石燃料を中心とした社会に優るメリットは見つけられない」という論調を打ち出しているのも、原子力ムラ側からの水素否定論の1つと考えてよい。

一番激しいのは、会員制月刊誌『選択』15年1月号の「欺瞞に満ちた『水素社会元年』」で、

▼水素は天然ガスなどの炭化水素を「改質」して取り出す過程で二酸化炭素を排出するので、「究極のクリーン・エネルギー」という触れ込みは眉唾物である。

▼水素を直接燃焼させる水素エンジンや水素発電なら二酸化炭素は発生しないが、窒素酸化物が排出されることではガソリン車やガス火力発電と変わらない。

▼太陽光や風力など再生可能エネルギーで水を電気分解して水素を製造すればコストはタダ同然だが、日本では再生可能エネは普及途上で水素製造に回せるほどの余剰はない。

▼いまだ実用レベルに達していない未熟な技術を、補助金で無理やり普及させというというのは愚行だ。

──などと罵倒しているが、その論点はほとんど幼稚で、この技術そのものが発展途上であるというのに今の段階だけを取り上げてどうのこうのと言うばかりで、将来のことを何も考えていないという情けないレベルである。

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