【原発の天敵】東京五輪をテコに一気に進む「水素社会」の未来を解説

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●究極のエネルギー源

水素の製造方法には大きく分けて4つか5つあって、

(1) 当面有力視されているのは化石燃料の改質で、これは確かに二酸化炭素削減には繋がらないが、化石燃料社会から水素社会への過渡期の問題として割り切るより仕方がない。逆に、二酸化炭素削減に繋がらないからと言って水素利用に踏み込まないことのデメリットが取り返しがつかないほど大きい。エネファームも、都市ガス・プロパンガスをオンサイトで改質して水素を抽出して熱電供給をするもので、二酸化炭素を排出する。しかし、オフサイトの大規模な天然ガス火力発電所では元の化石燃料が持っているエネルギー潜在力のうち60%を熱としてロスした上で、残り40%を電力に変えるが、それを長距離送電する際にさらに5%のロスが生じて、末端では35%のエネルギー効率しか実現できていない。それに対してエネファームではオンサイトで改質することで40%を電力として、40%を熱源として利用し、ロスされるのは20%の放熱という極めて高いエネルギー効率になる。

(2) 製鉄所、ソーダ工場などで副生される水素がある。製鉄所では石炭を蒸し焼きにしてコークスを作る際に、またソーダ工場では食塩水を電気分解する際に、大量の水素が発生する。現在は、その大部分は工場内の自家発電の燃料などに利用されているが、福岡県の水素特区では新日鉄の工場が排出する水素を直接水素ステーションに供給する実験が行われている。現在、国内の水素生産量は150億Nm3(ノルマル立米=0度C・1気圧の下での気体体積の単位)で、仮にこれをすべて水素カーに振り向けたとすると1000万台分の燃料を賄えると言われる。主製品の製造で二酸化炭素は出るが、水素の製造のために別途の工程は必要ないので、環境負荷は限りなくゼロに近い。

(3) 水の電気分解。大前研一の「原発の夜間料金」でやらなければならないというのは論外の妄言で、太陽光や風力などの自然エネが抱える不安定性という宿命を補う手段として、それらの電力で水を電気分解して水素の形に置き換えて貯蔵し、必要な時に必要な量を電力や熱に換えるというのが、むしろ水素社会の本義である。太陽光や風力が普及していないから水素が普及しないというのは話が逆さまで、水素変換という発想を取り入れることで太陽光や風力の導入が加速されるのである。

(4) 間伐材など木材や汚泥などバイオマス由来のメタノール、メタンガスを加熱して改質する。ジャパン・ブルー・エナジー社というベンチャー企業はすでに「ブルータワー」という地産地消型の発電設備を実用化し、すでに農村部などに普及し始めている。

(5) 将来期待される技術として、太陽光を特赦な触媒に当てて水を分解して水素を発生させる「光触媒」方式がある。現段階では、太陽光のエネルギーに対して、得られる水素のエネルギー量は1~2%に止まっているが、理論上は30~40%まで引き上げられると言われる。

このように水素の作り方にはいろいろあって、資源エネルギー庁のロードマップでは、2020年代前半までの《フェーズ1》では化石燃料の改質が中心とならざるを得ないが、20年代後半~30年代の《フェーズ2》では大規模な水素供給システムの確立を図り、水素を電力や熱と並ぶ2次エネルギーとして定着させる。その先の《フェーズ3》では再生エネによる水の電気分解や光触媒方式などで二酸化炭素完全フリーの水素エネルギー社会を実現する。『選択』などが言うように、現状が化石燃料の改質だから水素に意味がないなどというのは退嬰的で、今そこに踏み込まなければ水素社会を手前に引き寄せることはできない。

水素関連技術の特許出願数では、日本は6万5023件のダントツの世界トップで、米国の2万9677件、中国の1万4910件、ドイツの1万2604件、韓国の1万0329件を大きく引き離している。改質ではダメだみたいな戯言を言ってこの技術的優位を活かさないような選択をすれば、米欧どころか中国や韓国にもたちまち追い抜かれていくのは目に見えている。

●脱原発の決め手は水素

さて、政府のエネルギー基本計画とロードマップ、それを肯定的に報道するメディアの論調の中で、曖昧なままにされている重要ポイントが、水素と原発の関係である。水素は、そのまま燃焼させて水素発電を行えば「1次エネルギー」の1種であるけれども、そこに本義があるのではなく、次世代の「2次エネルギー」である。2次エネルギーとは、水力、火力、原子力、再生可能な新エネルギーなどの1次エネルギーを主としてどういう形態で伝送・輸送したり保存・貯蔵したりして末端オンサイト(エネルギーの使用現場)まで届けるかという問題で、現在は言うまでもなく「電力」がメインであり、そのほかに熱源としての都市ガス・プロパンガス、車両用のガソリンの供給網もある。

ロードマップは《フェーズ2》で、水素を電力と並ぶ2次エネルギーにすると位置づけているが、《フェーズ3》では「水素エネルギー社会の実現」とは言うものの、2次エネルギーのメイン(もしくはほとんど)が水素になるということを明言していない。なぜかと言うと、そうなると原発が完全に要らなくなってしまうからである。

水素は、すでに始まったエネファームが「1軒に1基の発電・発熱機」であり、水素カーもまた「車1台に1基の発電機」であることが示すように、本質的に分散型である。もちろん、改質の材料である都市ガス・プロパンガスは末端まで伝送・輸送しなければならないし、遠隔地で製造した水素もステーションまで輸送しなければならないので、大規模供給網のお世話になる期間は長く続くけれども、究極的な水素社会のイメージは、家庭もビルや工場も地域も、著しく性能の向上した太陽光や風力や光触媒などの再生可能エネルギーを使って水を電気分解して水素に置き換えて貯蔵し、それを必要に応じて電力と熱に換え、車にも水素もしくは電気を自分で補給する、エネルギーの自給自足、地産地消を実現して、簡単に言えば、現在のような電力会社の超集権的な大規模供給ネットワークとその象徴としての送電線や電柱を無用のものにすることである。

途中経過の中では、遠隔地の大規模発電所で水素を使って発電し、現在の供給網を通じて配電するとかの過渡的な形態もいろいろ試されることになるだろうが、例えば三菱日立パワーシステムズが実用化目前まで開発を進めている、ガス・タービンと蒸気タービンをセットにしたコンバインド型にさらに水素発電を組み合わせて「トリプル・コンバインド」にし、エネルギー効率を70%にまで高めた発電装置は、4万~10万キロワット規模の地域分散型の発電所に適していると言われる。そのように、水素の技術が進めば進むほど自給自足・地産地消のエネルギー社会が現実化していくというところが肝心で、だから水素は原発の天敵なのである。原子力ムラはそれを知っているから、そうとは言わずに「水素なんかダメだ」キャンペーンを張る。ところが政府・経産省それに自民党は、水素をやりたいのだが原発も残したいので、そこははっきり口にしない。民主党は、せっかく「2030年代までに原発ゼロ」を打ち出しているのだから、それは水素社会の急速な到来によって確実に実現するのだと言い切ってしまえばいいのに、そこまで勉強していないから自民党議連にお株を奪われている。

水素と原発の二律背反というキーワードをきちんと据えると、世の中の先行きがよく見えてくるはずである。

 

『高野孟のTHE JOURNAL』Vol.168(2015.01.12号)

著者/高野孟(ジャーナリスト)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。94年に故・島桂次=元NHK会長と共に(株)ウェブキャスターを設立、日本初のインターネットによる日英両文のオンライン週刊誌『東京万華鏡』を創刊。2002年に早稲田大学客員教授に就任。05年にインターネットニュースサイト《ざ・こもんず》を開設。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
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