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新型肺炎で年金財源が枯渇する?「決定的な分岐点」を迎えた日本の株式市場=近藤駿介

新型コロナウイルスの拡散とともに、日本の株式市場も決定的な分岐点を迎えている。高齢化の進展によって近い将来、早ければ今年度からGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産取り崩しが始まり、年金支給の財源として使用される可能性が高いことである。それは、これまで日本の株式市場の最大の買手であったGPIFが、売手に転じるということである。(近藤駿介)

プロフィール:近藤駿介(こんどうしゅんすけ)
ファンドマネージャー、ストラテジストとして金融市場で20年以上の実戦経験。評論活動の傍ら国会議員政策顧問などを歴任。教科書的な評論・解説ではなく、市場参加者の肌感覚を伝える無料メルマガ『近藤駿介~金融市場を通して見える世界』を好評配信中。著書に『202X金融資産消滅』(KKベストセラーズ)、『1989年12月29日、日経平均3万8915円』(河出書房新社)など。

トランプ相場は終幕か

トランプ相場も終幕を迎えたのかもしれない。

トランプ大統領が就任してから3年強、781営業日のうち実に116回も史上最高値を更新してきたNYダウだったが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて7日続落し、28日には2月12日に記録した史上最高値2万9,551ドルから4,142ドル下落の25,409ドルとなった。高値からの下落率は14.0%に達し、調整相場入りと見做される10%を上回ってきた。

NYダウ 週足(SBI証券提供)

NYダウを上回る142回史上最高値を更新してきたナスダック総合も高値からの下落率が12.7%に達し、調整局面を迎えた格好になっている。

NASDAQ 週足(SBI証券提供)

トランプ相場が突然終幕の気配を見せ始めたのは、当初は中国国内、東アジアの地政学的リスクと見做され、早ければ2月中にも感染拡大が収まるという楽観論も出ていた新型コロナウイルスの感染が世界全体に拡散、パンデミックのリスクが高まったことで世界の投資家が「Under control」ではないことを認識し始めたからだ。

新型コロナウイルスの想定内と想定外

1月から中国武漢で始まった新型コロナウイルスの問題の影響が経済指標や企業業績に具体的に表れるのは、2月下旬から3月にかけてであることは予想されていたことである。

問題は、新型コロナウイルスの悪影響が数字に表れ始めた時点で拡散がピークアウトし収束に向かう状況にあるかどうかということであった。

もし、楽観的見解通りに2月の中旬以降新型コロナウイルスの拡散が収束に向かい始めていれば、経済指標や企業業績に悪影響が見え始めたとしても、一時的な悪化であり既に最悪期は脱していると深刻にはとらえられることはなかったはずである。

しかし、米国株式市場を牽引してきたアップルの売上が予想を下回り、ISM景況感指数が悪化するなど予想通り企業業績やマクロ経済に新型コロナウイルスの悪影響が現れた時点で、新型コロナウイルスの感染は収束するどころか、世界的パンデミックのリスクが高まる状況になってしまった。

それは、投資家に今よりも将来の方が事態が悪化するという認識を植え付けるものである。

Next: 2020年は大統領選挙の年。ここからさらに市場の混乱は加速する…



2020年は大統領選挙の年

こうした状況下で問題なのは2020年が大統領選挙の年であることと、米国の政策金利がすでに1.5%〜1.75%まで引下げられていて金利低下余地に限界があることである。

前述のように、トランプ大統領が就任してから3年強の間に、NYダウは116回、ナスダック総合は142回も史上最高値を更新してきている。こうした現実からいえることは、現在の株式市場にとってトランプ大統領が大統領でなくなる、つまり再選に失敗する、失敗する可能性が高まることで、市場全体が一旦リスクオフに向かう可能性があったということである。

再選を目指すトランプ大統領にとって、史上最高値を更新し続ける株価は大きな成果であり、これを維持することが再選に向けての至上命題だったといえる。そのために、大統領選挙期間中も米中貿易交渉の進展期待を始めとした通商政策やさらなる減税案などで株式市場を鼓舞し続けることを狙っていたはずである。

こうしたトランプ大統領のシナリオを揺るがしたのが、新型コロナウイルスの感染拡大である。中国を中心とした東アジアの地政学的リスクだったはずのこの問題は、米国でも死者が出るなど米国含んだ国際問題になってしまった。

トランプ大統領はインドとの貿易協定の締結やタリバンとの和平合意、さらにはさらなる減税策を公約に掲げるなどして市場の期待を繋ぎとめようとしているが、新型コロナウイルス感染拡大に歯止めがかかる気配が見えない中で、市場の期待を繋ぎとめるのは難しいといわざるを得ない状況である。

利下げに踏み切らざるを得ないFRB

そうした中で高まってきたのが、FRBによる利下げ期待である。昨年10月のFOMCで3回連続の利下げを行ってきて以降「予防的利下げ」の打ち止めを宣言したFRBであったが、その時点で新型コロナウイルスのリスクは織り込まれていなかった。

その点においてFRBが追加利下げ、金融緩和に動く大義名分は出て来ているといえる。

さらに、新型コロナウイルスの悪影響によって米国10年国債利回りが一時1.1%台まで低下し完全な「逆イールド」になり、市場が3月のFOMCでの利下げを100%織込んだ今、追加利下げを行わないこと自体がFRBのリスクになって来ている。

政策金利の引き下げ余地が1.5%としかないことを懸念しているFRBとしては、市場に催促される格好での利下げは避けたいのが本音だとは思うが、金融市場の混乱を避けるためにも利下げに踏み切らざるを得ない状況になっている。

Next: コロナショックがなくても日本経済減退は確実だった…



3月利下げはほぼ確実?

これまでパウエルFRB議長は再三にわたって信用力の低い貸出であるレバレッジドローンやそれを束ねたCLOの急拡大に対する警鐘を鳴らしてきた。

それはレバレッジドローンやCLOなどリーマン・ショックと同じような金融危機を招きかねないリスクが市場に内包されていることへの警鐘でもあった。

こうした状況のなかで、利下げを温存するという選択肢は取り難いはずである。FRBは3月のFOMCで利下げを余儀なくされるだろう。

しかし、新型コロナウイルス感染拡大を防ぐ特効薬ではない利下げによって、市場の混乱をおさめることが出来るかは定かではない。

コロナショックがなくても日本経済減退は確実だった

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて日本の株式市場でも日経平均株価が5日続落。週間下げ幅は2,243円とリーマン・ショック以来の大幅下落となった。

日経平均株価 日足(SBI証券提供)

日本のメディアは日本株の大幅下落の原因について「新型コロナウイルスの感染拡大による世界的な景気悪化懸念」「世界同時株安」であると報じているが、それはきっかけであって根本的原因ではない。

日本経済は昨年10月に実施された消費増税によって大きく傷ついていた。2月17日に発表された2019年10〜12月期の国内総生産(GDP)は前期比年率で▲6.3%と、市場予想の▲3.9%を大きく上回り、2014年4月の消費増税の影響を受けた2014年4〜6月期の▲7.4%以来の大幅悪化となっていた。

消費増税による国内景気失速という人災によってガスが充満しているところに、新型コロナウイルスの感染拡大という想定外の火種が持ち込まれたことによって、大幅な株価下落が起きたというのが実態である。

この点が2009年7月から10年7カ月という史上最長の景気回復を続けている中で、トランプ大統領が公約として掲げていた年率3.0%成長には届かないものの、2.1%成長を遂げている米国との大きな相違である。

日本の株価下落は「世界同時株安」という外的要因を受けてのものではなく、米国株の史上最高値更新という外的要因によって顕在化していなかったリスクが顕在化したと捉えるべきである。

Next: 年金支給の財源が枯渇する?「決定的な分岐点」を迎えた日本の株式市場



「決定的な分岐点」を迎えた日本の株式市場

ファンダメンタルズという観点から、日本の株式市場の状況は米国以上に脆弱であると考えなければならないが、さらに忘れてならないことは市場の構造変化という面でも「決定的な分岐点」にあることだ。

それは、これまで年金世代への年金支払いは、現役世代が支払う年金保険料と税金で賄われてきた。しかし、高齢化の進展によって近い将来、早ければ今年度から安倍総理が「世界最大の機関投資家」と自負してきたGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の資産取り崩しが始まり、年金支給の財源として使用される可能性が高いことである。

それは、これまで日本の株式市場の最大の買手であったGPIFが、売手に転じるということである。そしてこのことは不確実性の「相場観」ではなく、公的年金の健康診断ともいわれる「財政検証」によって明らかにされている現実である。

問題はいつから始まるかという時期の問題だけである。

年金支給の財源が枯渇する?

このGPIFの資産取り崩し開始の恐ろしいところは、高齢化社会という状況に変化がない限り終わることがないということだ。GPIFの持つ約169兆円の資産が、仮に年金支給の財源として年に4兆円使われるとしたら、GPIFの資産の25%を占める「国内株式」は1年間で1兆円売られるということである。

そしてそれは1年、2年で終わる話ではなくGPIFの資産が枯渇するか、高齢化社会に終止符が打たれるまで続くのである。

GPIFの資産取り崩しが及ぼす市場への影響や、資産形成に励もうとする現役世代の人達に及ぼす影響については、2月27日にKKベストセラーズから出版された拙著『202X金融資産消滅』で詳しく解説しているのでそちらを参考にして頂きたい。

新型コロナウイルスの感染拡大に関して、WHO(世界保健機構)は「決定的な分岐点」を迎えているとして、各国にさらなる警戒を呼び掛けている。

日本の投資家が忘れてはならないことは、新型コロナウイルスの感染拡大だけでなく、日本の株式市場も「決定的な分岐点」にあるということだ。

先週の日本株の大幅下落は、「新型コロナウイルスの感染拡大による世界経済悪化懸念」や「世界同時株安」という外的要因によるものではなく、国内に充満していたリスクが新型コロナウイルスの感染拡大という外的要因によって顕在化してきたものだと捉えるべきである。

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本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2020年3月3日)
※タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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