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半沢直樹以上に劇的。大戸屋への敵対的買収成功のコロワイド次の難題は?=栫井駿介

9月8日、コロワイド<7616>による大戸屋ホールディングス<2705>に対するTOBが成立しました。日本では珍しい敵対的TOBの案件となりましたが、これから大戸屋の経営は一体どうなってしまうのでしょうか。今後の可能性を考える前に、まずは買収の経緯を押さえる必要があります。これが半沢直樹さながらの、いやそれ以上にドラマでは真似できないほどの劇的なものとなっているのです。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

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プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

創業者が急逝し、妻と息子は追い出された

大戸屋と言えば皆さんよくご存知かと思います。定食屋チェーンを展開し、外食産業において確固たる地位を持ちます。私も独身時代にはとてもお世話になったお店です。

何がいいのかと言えば、気軽に入れて、どこか懐かしい日本の定食をいつでも手軽に味わえることです。私は運動部に所属していましたが、お腹が空いた時に訪れては肉や魚の定食に舌鼓を打ちました。

このチェーンを築き上げたのが、前社長の三森久実氏です。しかし、久実氏は2015年に57歳の若さにして突然、亡くなってしまいます。これがこのドラマの始まりです。

久実氏は、余命1ヶ月と宣告されると、長男の智仁氏を一般社員から常務取締役に昇格させ、そのまま逝去してしまいます。後継ぎにするつもりだったのかどうか、今となっては確認する術はありません。

しかし、新たに社長に着いた窪田氏は、久実氏が逝去したわずか2日後、智仁氏を香港に「左遷」します。これに激怒したのが、智仁氏と、彼の実母で久実氏の妻である三枝子氏です。

彼らは、久実氏の遺骨をもって社長室に押しかけます。いわゆる「お骨事件」と呼ばれるもので、詳細は下の記事にもレポートしてありますのでぜひご覧ください。

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コロワイドを頼った創業家の「逆襲」

それでも人事は動かず、智仁氏は会社を去ることになります。

しかし話はこれで終わりではありませんでした。会社を去ってなお三枝子氏と智仁氏は大戸屋の株式を約20%持っていたため、影響力を残していたのです。

そして2019年10月、彼らはコロワイドに保有株をすべて売却しました。前述の記事でも、以下のように書き記しています。

コロワイドと言えば、飲食関連企業を次々に買収して大きくなってきた企業です。20%弱の株式を握った大戸屋に対しても買収をほのめかす発言をしています。

20%の株式を握っただけではできることは限られますから、大戸屋を買収する可能性はかなり高いと言えるでしょう。

実際、コロワイドは創業家から株を譲り受けた直後から、市場で株式を買い進めていました。そして、2020年4月、ついにコロワイドが本格的に動き出します。

まずはジャブと言わんばかりに、株主提案を行います。この提案では、窪田氏は留任することになっていました。しかし、大戸屋側は話し合いを拒否して反対意見を表明、総会では株主提案も否決されました。

それならばと、満を持して行われたのがこの「TOB(株式公開買い付け)」です。当然、大戸屋の経営陣は反対意見を表明し、「敵対的TOB」に発展します。

最初はなかなか株を買い集めることができなかったものの、45%ものプレミアム(上乗せ価格)が功を奏したのか、最終的に9月8日には約47%の株式を取得してTOBは成立しました。実質的に会社を支配できる数字です。

TOB期間中はオイシックス・ラ・大地との業務提携など抵抗を見せた窪田氏側でしたが、自社株をほとんど持っていなかったことから、資本の論理を前に敗れる結果となりました。

11月4日には臨時株主総会が開かれる予定です。ここで現経営陣は罷免され、創業家およびコロワイド側の人間が送り込まれることになるでしょう。

ここまでは創業家・コロワイド側の「完全勝利」に見えます。

Next: 実はヤバい?コロワイドの懐事情



コロワイド社長「生殺与奪の権は、私が握っている」

コロワイドといえば、牛角や温野菜、かっぱ寿司、甘太郎などを運営する会社です。現在、国内4位の外食グループとなっています。

成長の要因は、なんといってもM&Aです。居酒屋「甘太郎」をルーツに持つ会社ですが、2004~2016年頃にかけてステーキ宮、牛角・温野菜(レックス・ホールディングス)、かっぱ寿司、フレッシュネスバーガーなどを次々に買収しています。「大きいは正義」を地で行く会社です。

特に創業社長の蔵人金男氏が強烈な個性の持ち主のようで、最近の社内報でも
「未だに挨拶が出来ない馬鹿が多すぎる」
「個人的に張り倒した輩が何人もいる」
「生殺与奪の権は、私が握っている」
「どう生きて行くアホ共よ」
などの過激な表現を行い、物議を醸しています。

特にこの「生殺与奪の権」は、漫画「鬼滅の刃」でも用いられた表現で大きな話題になりました。「金男」という名前も、いかにもドラマで出てきそうです。大戸屋の経営陣は、こんな人に「生殺与奪の権」を握られてしまったのです。

実はヤバい?コロワイドの懐事情

ところがこのコロワイド、私から見る限り決して経営がうまいとは思えない会社です。

それを端的に表すのが、利益率の低下です。売上高こそ伸びていますが、これは買収による肥大化で達成されたものであり、必ずしもより効率的な経営を行えているわけではありません。

運営する店舗を見ても、強みといえば「安さ」くらいのように感じます。規模で単位あたりのコストを引き下げ、最安値価格帯でも何とか利益を出せるようにしているのです。現社長の野尻氏は証券会社出身ですから、M&Aばかり使った成長はいかにも金融屋が考えそうな戦略です。

M&Aで成長を遂げてきた会社で最も見るべき財務指標は「のれん」です。

「のれん」とは、会社を買収するにあたって簿価に上乗せして支払った金額です。もし買収した企業がうまく利益を生まなければ、のれんは損失として計上されることになります。

コロワイドの「のれん」の数字を見ると、718億円と資本の325億円を大きく上回ります。もし、のれんが全額損失になってしまうと、コロワイドは途端に債務超過に陥ってしまうのです。大戸屋の買収により、コロワイドの「のれん」はさらに増えることになります。

Next: コロナ禍で売上半減。大戸屋はこの先生き残れるのか?



コロナ禍で激変する外食業界…「大戸屋」は生き残れるか!?

さて、コロナ禍による飲食店は相当厳しい環境に置かれていることは間違いありません。

4-6月の売上高は大戸屋・コロワイドともに半減し、大幅な赤字に転落しています。この状況がすぐに終わるとも思えませんし、利益が出せないとなれば「のれん」はいよいよ損失処理しなければならない可能性が高まります。

そうなると、コロワイドは窮地に陥ります。債務超過になると銀行も簡単にはお金を貸してくれないでしょうから、資金繰りに窮します。お金が底をついた瞬間、待っているのは経営破たんです。

破綻を免れるためには、とにかく現金を確保しなければなりません。直近でも、「いきなりステーキ」の失敗で身動きが取れなくなったペッパーフードサービスが、生き残りをかけて祖業のペッパーランチをファンドに売却しました。

47%の株式を握られたとはいえ、大戸屋はまだ上場しています。価格が明確なので「売りやすい」ビジネスということになるのです。

大戸屋ホールディングス<2705> 日足(SBI証券提供)

コロワイド<7616> 日足(SBI証券提供)

そうなると、この話は第3章に突入します。すなわち、大戸屋は新たなオーナーを迎える可能性があるのです。そしてそれは、業界再編の号砲となるでしょう。

コロナ禍でどの飲食店も厳しい状況です。これからは生き残りを賭けたリストラや業界再編の嵐になることが想定されます。創業家としては、ここでうまく「大戸屋」を再生することができれば業界の台風の目になることができるでしょうし、失敗すれば荒波に飲まれて消えてしまうでしょう。

亡き久実氏はこの状況をどのように見ているでしょうか。手塩にかけて育ててきた「大戸屋」が残るかどうかは、まさにあらたに取締役に就任すると思われる息子の手にかかっていると言えるのです。

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image by:yu_photo / Shutterstock.com

本記事は『マネーボイス』のための書き下ろしです(2020年9月27日)
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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