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なぜトヨタは電気自動車を作らない?2030年ガソリン車販売禁止に焦らぬ訳=栫井駿介

世界も日本も「脱ガソリン車」に大きく動いていますが、トヨタは電気自動車を未だ販売していません。なぜ静観を続けるのか?その狙いと戦略について考えます。(『バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』栫井駿介)

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プロフィール:栫井駿介(かこいしゅんすけ)
株式投資アドバイザー、証券アナリスト。1986年、鹿児島県生まれ。県立鶴丸高校、東京大学経済学部卒業。大手証券会社にて投資銀行業務に従事した後、2016年に独立しつばめ投資顧問設立。2011年、証券アナリスト第2次レベル試験合格。2015年、大前研一氏が主宰するBOND-BBTプログラムにてMBA取得。

小池都知事「2030年までに東京都でのガソリン車販売をゼロに」

東京都の小池都知事が2030年までに東京都でのガソリン車の販売をゼロにするという意欲的な目標を掲げました。世界でも脱炭素ということでガソリン車から電気自動車への流れが進んでいます。

そんな中で、自動車業界の王者であるトヨタは電気自動車を未だに販売していません。いったいどうなっているんだ?という声がありますが、そこにはトヨタが虎視眈々と状況を見守っている王者の風格というところが感じられます。

今回はその電気自動車の流れについて、あるいはトヨタのその中での戦略ということについて解説していきたいと思います。

日経の記事に「東京都30年までに新車販売全て電動車に」とあります。
※参考:東京都、30年までに新車販売すべて電動車に 知事が目標: 日本経済新聞(2020年12月8日配信)

ガソリン車の販売を下げるという目標は東京都に限ったことではなくて、国も同様の政策を掲げようとしています。そして日本に限らず、各国で同じような動きが進んでいます。

東京都は30年までと言っていますが、政府としては30年代半ばまでに販売ゼロの方針です。英国でも30年、それからアメリカのカリフォルニア州では35年、中国も35年、カナダも35年、そしてフランスが40年までというような形となっています。

アメリカでトランプ政権は脱炭素の動きからは完全に一線を画していたので、バイデン政権が誕生することになると、脱炭素、そして自動車の電動化、ガソリン車の撤廃というところに進んでいくのではないかということが考えられます。

そこで、いったい何が起こるのかということをこれから考えなければなりません。

電気自動車の普及には「環境整備」が必須

まず、端的に考えられるのは「急速充電器の普及」です。

電気自動車の課題として、航続距離が必ずしもガソリン車よりは長くないということが挙げられます。

ガソリン車は満タンにすると800kmとか1,000kmとか、それくらい走ることが想定されます。一方で電気自動車は、いま良くて400kmぐらいなので、走っている途中で動かなくなってしまうということになっては大変です。

ですから、スポットスポットでガソリンスタンドがあるように、この急速充電ステーションというのを設けなければなりません。

これが産業振興策にもなり得ますから、前述の日経の記事にある通り、東京都が急速充電器の普及を後押ししているように、日本、アメリカ、そして中国なんかでもこれらが進んでいくのではないかと思います。

そういった観点からこの「充電器を作っているメーカー」というのも注目なのですが、それはまた別の機会として、今回は自動車メーカーというところに焦点を当てて解説します。

Next: 電気自動車に社運をかける日産。なぜトヨタは静観?



電気自動車に社運をかける日産

環境車を導入しようと思ったら、このステーションの整備の他に、電気自動車に補助金を出したり、あるいはガソリン車の規制を強化するという、アメとムチが必要になります。

ヨーロッパでは燃費規制が年々厳しくなっています。そんな中で、なんとか対応しようということで各社やっています。

このような動きの中で、特に電気自動車に舵を切っているのが日本だと「日産」が挙げられます。

日産と言うと来年2021年に「新型アリア」を完全電気自動車という形で販売すると発表しました。日産はすでにリーフを発売しているので、電気自動車に関しては他のメーカーに先駆ける一日の長があります。

ゴーン氏がいなくなった後、日産はこのアリアなどの電気自動車に社運をかけていると言っても過言ではありません。

また国別で見ると中国がどんどん電気自動車に舵を切っていまして、世界最大の電気自動車メーカーの「テスラ」に次ぐ、第2位の自動車メーカーが「BYD」という会社になります。また中小様々な自動車メーカーが中国で電気自動車を作るということに躍起になっています。

動かぬトヨタ。次の時代は電気自動車じゃない!?

一方で、その他の既存の自動車メーカーというのはあまり動きがありません。

欧州のメーカーでもどんどん電気自動車化しようとしているというところはありますが、販売全体に占める割合というのはまだわずかなものですし、特に動きが鈍いのがトヨタです。

トヨタはハイブリッド車では先駆けていますけれども、未だに電気自動車を発売していません。

2021年の前半に発売すると言われているんですけれども、足元では水素で動く燃料電池車なんかも発売していますが、電気自動車というところに関してはあまり動きが見られません。

この動きから見ると、もしかしたらトヨタは、電気自動車をこの次世代の環境車の本命として見ていないのではないかということが考えられます。

それは、2017年に2月に示したロードマップからも読み取れます。マイルストーンによりますと、今ガソリン車からどんどん環境車には切り替わっていくということですけれども、2030年の時点では、環境車の中でもっとも高い割合を占めるのは「ハイブリッド車」とされています。

プリウスに代表されるハイブリッド車、そして続くのがプラグインハイブリッド車になります。そこにわずかに燃料電池車、それから電気自動車FCVという形が入っているに過ぎません。

すなわち、トヨタは実はハイブリッドを次世代車の本命として見ているワケです。

Next: なぜトヨタはハイブリッドを本命にする?EVが抱える問題点



電気自動車はコストが高い

なぜ、そのような戦略を取っているのでしょうか。

ここで考えなければいけないのが電気自動車のデメリットということです。

電気自動車といえば航続距離が短いとか、電池が劣化してしまうということなどがあげられます。この電池の劣化とか航続距離に関しては技術革新によって、かなり良いところまできたという風に言われています。

一方で、何より最大のデメリットと言われるのがとにかく値段が高いというところになります。なぜ高いか、それは電池の値段が高いからに他なりません。

電気自動車になるとガソリン車に比べて部品定数自体はおよそ3分の1になると言われていますが、一方では、ほとんど電池の塊みたいなものになるワケです。

この電池というのが希少金属なども使っているので、価格自体は需要が増えれば増えるほどむしろ上がってしまう可能性すらあります。

ですから逆に言えば、一般の消費者は環境というところは抜きにして、この電気自動車を導入するメリットって何なのかというところを考えると、1つには自宅で充電できてガソリンスタンドに行く必要がないというところが挙げられると思います。

ただし自宅で充電するためには自宅の電源設備をコストをかけて、多少改修をしなければならないというところもあるので、買ってすぐに電気自動車に乗れるお家というのは、まだ多くないのではないかということが考えられます。

となると、一番電気自動車を売っているテスラはなぜ売れているのかというところを考えると、これは何よりカッコイイからというところが一番大きいです。

とにかくエコで、しかも自動運転なんかもあるので、先進的でスタイルもカッコイイということになると、ちょっとお金を持っている人だったら買ってみようかなというところを、テスラは上手にくすぐっているというところがあります。

逆に言えば、現時点でそれ以上のメリットというのがなかなか見えません。

世界の勢力図に変化?電気自動車に集中するとどうなるのか

そこで政府が何とか環境のために電気自動車を普及させようと思ったら、とにかく環境車に対する補助金や減税措置なんかを行って、価格を下げるというところが必要になってきます。

単純に同じ土俵で勝負したらガソリン車、あるいはハイブリッド車になかなか勝つことはできないので、そこで自動車メーカーとしてはアリアなどもそうだと思いますが、テスラのようにカッコイイけど高い車を売るか、あるいはひたすらコストを下げる方向に行くわけなんですが、これは電池というところに限界があるということになります。

しかも、例えばアメリカからするとこの電気自動車に積極化しすぎるというのは、国際関係の中で裏目に出る可能性があります。

というのも、中国では先ほど申し上げたようなBYDやCATLといった、電気自動車に使われるリチウムイオン電池を量産する企業というのは非常に力をつけています。

ここで電気自動車ばかりに舵を切るとBYDやCATLが、ますます力をつけてしまうということになります。

そうなるとこの経済の覇権というのがどんどん中国に取られてしまいかねないので、そう一筋縄にはいかないと思います。

Next: 次の主流が電気自動車でも慌てない。トヨタがまだまだ終わらぬワケ



次世代の覇権はハイブリッド車か

そんな中で、例えば環境車に対する減税とか補助金を出すということを考えると、このハイブリッドというのも現実的な選択肢として残ることになります。

実際に中国が電気自動車を中心に進めていましたが、最近ではトヨタに代表されるハイブリッド車というのも環境対応車ということで、その補助金の枠内に入るという形になりました。

これでは環境車の枠内に入ってそして補助金を受けられるということであれば、当然、販売価格は電気自動車よりも安く抑えられます。

消費者として安いほうが良いワケですから、ますますこのハイブリッド車の普及というのが、進んでこのトヨタの思惑に沿った形になるのではないかということが想定されます。

トヨタは今デファクトスタンダード(事実上の標準)が何になるのかというところを、様子見している段階なのではないかと思います。

実はこの電気自動車というのは決して新しい物ではなくて、ガソリン車が作られたのと同じような時期から物自体はありました。

それが最近のリチウムイオン電池のイノべーションなどによって、何とか使える代物になってきたというところなんですけれども、技術的には決して難しくありません。

もちろんそれをトヨタが作るのは決して難しいことではないでしょう、ただ一方では、先ほど申し上げたデメリットも考えているワケです。

そんな中で水素自動車やFCV、あるいはの昨年の報道にあったようにリチウムイオン電池よりも使い方に優れ、コスト削減も可能ではないかという風に見られている全固体電池、これらの開発を進めています。

トヨタの技術を考えると、どれがデファクトスタンダードになったとしても、いつでもそこに軸足を移せるような体勢になっているという風に見えます。

トヨタは電動化でも終わらない

トヨタの哲学の1つとしてあるのが、「Wait & See」つまり待って状況を見極めて、そこに確かな動きが見えた時に一気に投資をするというものです。

もしこれが、デファクトスタンダードがハイブリッド車ということだったら、これまでのようにプリウスのようなハイブリッド車をどんどん量産し、量産するということは単位当たりのコストが下がるので、競争に勝ちやすくなります。

もし次の主流が電気自動車にどうしてもなるのであれば、今度はそっちに力を注ぎ、世界最大級という力を失わないように、また量産を行っていくのではないかということが考えられます。

そういった観点から、巷で言われているような「トヨタは電動化で終わってしまう」とか、そういった話にはなかなかならないのではないかという風に考えます。

Next: 日本の自動車業界の未来は明るい?



トヨタ株にチャンスが潜んでいる?

トヨタの株価というと、この5年程度ずっと停滞を続けてきました。

これは自動車の電動化ということで負けてしまうのではないかという懸念があったからこそなんですけれども、一方では、ここまで説明したようなトヨタにおける盤石な基盤というのもあります。

トヨタ自動車<7203> 週足(SBI証券提供)

それに対して過去5年程度の利益に対するPERというのは、今10倍程度ということが見えます。

盤石の基盤を有していてPER10倍程度ということは、決して割高ではなくてむしろ場合によっては、買いのチャンスも潜んでいるのではないかという風に考えます。

技術ということを考えると日本メーカーもまだまだ捨てたもんじゃないという風に思っています。

これからのトヨタの動き、あるいは自動車業界の動きということにますます目が離せない状況となっています。

(※編注:今回の記事は動画でも解説されています。ご興味をお持ちの方は、ぜひチャンネル登録してほかの解説動画もご視聴ください。)

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image by:JuliusKielaitis / Shutterstock.com

バリュー株投資家の見方|つばめ投資顧問』(2020年12月14日号)より
※記事タイトル・見出しはMONEY VOICE編集部による

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【毎日少し賢くなる投資情報】長期投資の王道であるバリュー株投資家の視点から、ニュースの解説や銘柄分析、投資情報を発信します。<筆者紹介>栫井駿介(かこいしゅんすけ)。東京大学経済学部卒業、海外MBA修了。大手証券会社に勤務した後、つばめ投資顧問を設立。

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