医師の決意が国を動かした。あるリハビリ病院が起こした奇跡

 

リハビリのパイオニアが作り上げた「チーム医療」

初台リハビリテーション病院は救急病院を出た患者にリハビリを施す回復期リハビリテーションの病院。近年登場した新しい形の病院だ。病院のベッド数は173。中には1日の差額ベッド代が10万8000円の特別個室もあるが、大部分が公的医療保険で誰でも入れる4人部屋だ。それでもプライバシーは十分確保されているうえ、たいてい有料のテレビもタダ。いつもほぼ満床だ。

リハビリとは、筋肉や関節を動かすことで、失われた機能を再び取り戻す訓練。例えば脳卒中によるマヒは、手足の運動をつかさどる脳細胞がダメージを受けることによって起こる。そこへ、手足を動かすことで脳に刺激を与え機能を回復させるのだ。

行われるリハビリは主に3種類。1つ目は理学療法。立つ、座る、歩くなど、基本的な動作を訓練する。2つ目は作業療法。食事など、腕や指先を使う日常の動作を訓練する。3つ目は言語聴覚療法言葉の発声や認識の訓練をする。

「我々の使命は、寝たきりをつくらない。そして障害を持っている方が元気に生活できる。簡単に言えばそれがミッションであります」と語る理事長の石川誠は、日本におけるリハビリ医療のパイオニアだ。

石川が作った初台病院。回復の秘密はチーム医療にある。ミーティングに集まったスタッフたちは皆おそろいのカジュアルウェア。しかしそれぞれ職種が違う。看護師、理学療法士、言語聴覚士、作業療法士、そして医師。医師も白衣は着ないと決めたのは石川だ。

チームで上下関係を作らない医師が頂点にいてその次に何がいるっていうのは良くない。みんな専門家のそれぞれの専門技術を持ったイーブンな関係にある」(石川)

手厚いケアを行うため、基準の5倍以上のリハビリスタッフを配置している。

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平均3ヶ月で続々と退院~患者ファーストで期待に応える

脳梗塞の治療を受け、この日転院してきた久留勝代さん(73)。初台では一人の患者になんと10人のチームがつく。まず理学療法士が後遺症の程度を見る。久留さんは左半身をマヒし、ほとんど動かせない。続いて作業療法士がどの程度日常の動作ができるか確認する。リハビリが必要なポイントを、チェックしていく。

入院初日からさっそく訓練開始。初台でのリハビリは保険制度の上限の3時間一日も休まず行われる。久留さんは平行棒につかまって歩いてみるものの、足は思うように動かない。これまで毎日、買い物や散歩を楽しんでいた久留さんは、この現実を受け入れることができないようだ。

朝7時。久留さんの病室を訪ねたのは、担当の作業療法士、志田。ここでは「日常の動作すべてがリハビリ」。着替えもなるべく自分でやってもらう。自分でやることが早い回復につながるから、スタッフの手助けは最小限にとどめる。

患者の情報は、電子カルテを通じてチーム全体で共有している。久留さんの望みは元の生活に戻ること。そして趣味の生け花ができるようになることだという。落ち込みがちな久留さんを気にかけていた志田は、「お花、植物を育てているってお聞きしたんですけど」と声をかけた。すると娘のあさ美さんが、久留さんが自宅で楽しんでいた生け花の写真を見せてくれた。すると久留さんが、生き生きと話し始めた。患者のやる気を引き出すことが最も重要なのだ。

お昼時。久留さんは車イスで食堂へ。初台では、食事はベッドの上ではなく必ず食堂で取るのが決まり。食堂への移動も食事そのものも、リハビリの一環なのだ。かなり重症の人でも、看護師たちが迎えに行く。

その食事を作っているのは元ホテルのシェフや料亭の板前たち。患者のひとりは「普段、入院すると外食にすぐ行きたくなるんですけど、全然外食に行きたいと思わない。ここの料理が美味しいから」と言う。

病気の時こそおいしい食事を」というのが石川の考えだ。

「私が小さい頃、病気をすると美味しいものが食べられました。風邪をひくとバナナや桃の缶詰も食べられた。なんで最近、病院に行くと日頃より食事がまずくなるのか。病気や障害と闘っているんだったら目いっぱい美味しいものを食べた方がいい。病院食のミシュランを目指すぞって感じですかね(笑)」(石川)

久留さんが入院して一ヶ月。訓練をのぞいてみると、なんと杖で歩けるまでに回復していた。理学療法士の支えもほとんどいらない。今後の目標を訊ねると、「オリンピック(笑)」という答えが返ってきた。

入院期間は平均3ヶ月ほど。晴れやかな表情で続々と退院していく。在宅復帰率は、およそ90パーセント。患者と家族の期待に応えている。

「病気や障害は敗北、というのは悲しいですよね。我々も明日はそうなるかもしれないわけです。でも、そうなっても大丈夫なんだ、と」(石川)

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