医師の決意が国を動かした。あるリハビリ病院が起こした奇跡

 

目的は日常生活への復帰~“神”医師のリハビリ医療革命

石川は1975年、群馬大学医学部を卒業。当初は脳神経外科を専門とした。転機となったのは長野県の佐久総合病院に勤務していた時代。石川は50代の脳腫瘍の患者を手術した。腫瘍は無事摘出できた。ところが、患者は寝たきりになってしまったのだ。

そのとき、院長の若月俊一医師が「君が手術したのだからこの患者の人生はすべて君が責任を持つんだな」と言った。石川はその言葉に大きな衝撃を受けた。

「頭の中真っ白になりました。そんなこと言ったってどうしたらいいんだって。『病気はコントロールできました、でも生活はどうにもなりません』では、何のために医療をやっているのかってことになりますよね」(石川)

病気だけでなく、患者の人生を丸ごと診るのが本来の医療石川はメスを置きリハビリ専門医に転身した。

当時はまだリハビリが普及していない時代。全国の病院には、脳卒中で寝たきりの患者が溢れていた。そこで石川は考えた。救急病院で命を救った後、集中的にリハビリを施す病院があれば、患者は体の機能を改善し、自宅に帰ることができるはずだ、と。

だが当時、リハビリは診療報酬が低く、病院経営者はやりたがらない。石川は何度も国に働きかけ、2000年、「回復期リハビリテーション病棟」の制度化と、診療報酬の引き上げにこぎつけた。

2年後に「初台病院」を開業。地価の高い都市部でも運営できることを実証し、普及のきっかけを作ったのだ。

リハビリ病院最大の目的は日常生活への復帰。石川率いる初台では、一人一人に合わせたマンツーマンのリハビリを組んでいる。

右半身にマヒを負った山木俊三さん(67)は、入院して1ヶ月半になる。この日は退院に向けた作業療法。当初は動かなかった右手で文字が書けるようになった。事務の仕事に復帰するため、請求書を作るという実践的なリハビリだ。

さらに、訓練室には洗濯物を干すスペースも。一人暮らしの山木さんが退院しても困らないための訓練。物干しは自宅と同じ高さに設定してある。

一方、初台のスタッフ、理学療法士の斎藤珠生と作業療法士の菊池歩美は、患者の自宅へ向かった。家の前の道路の勾配をチェックする2人。初台リハビリテーション病院では、患者の退院が近づくとスタッフが自宅や周囲の環境を確認する。

しばらくすると1台の車が到着した。患者の内田さんだ。右半身のマヒでリハビリ中だが、退院に向けてこの日は一時帰宅。2か月ぶりの我が家になる。さっそくご主人の介助で、階段の上り下りをやってみる。「今、滑ったのがわかると思うんですけど。かかとで先に降りたときに滑ってしまうので気をつけて頂けたら、と」「ここ、ちょっと段差ありますね」と指摘していく2人。健康な時には気付かないが、家の中にはいくつもの危険がある家族にも注意すべきポイントをアドバイスするのだ。

さらば寝たきり~家族も安心の新サービス

東京・浅草に、石川が手掛ける画期的な施設がある。高齢化時代を見据えた「在宅総合ケアセンター元浅草」。前身は1998年に石川が立ち上げた在宅医療の診療所「たいとう診療所」だ。医師の往診と訪問リハビリによって、退院して自宅に戻った患者が再び寝たきりになるのを防ごうという狙いで設立した。

「せっかくリハビリテーションを行って、寝たきりの方が歩けるようになった。家へ帰った。また歩けなくなっちゃう。それでは何で入院して我々が汗をかいたのかわからない。ですから、そこまでやらなければ仕事が終わらない」(石川)

寝たきりにさせないため、ここでは地域の人に向けた様々なサービスを行っている。

日帰りのリハビリテーションは、およそ300人が利用している。歩行訓練に励むのは藤井真左さん(82)。週に3回通っていて、自己負担は月6千円ほどだ。

スタッフは総勢116人。医師5人が常勤している医療と介護の総合サービス拠点だ。

通常、在宅医療や介護のサービスを利用するとき、利用者は、個々の窓口にアクセスしなければならず、大きな負担となる。それを軽減するため、石川は1つの窓口ですむこの施設を作ったのだ。

「ここだと在宅も診られるし、セラピストも近くにいて、神経疾患の方を在宅で支えられる理想のところだと思って、5年前に来たんです」と言う、センター長を務める医師の斉木三鈴は、神経内科医として脳卒中などの患者と向き合ってきた。

センターが診ている在宅患者は、周辺3キロ圏内に暮らすおよそ360人。365日24時間体制で対応している。

この日、斉木が訪ねたのは荒武成さん(78)。54歳のとき、脳出血で左半身がマヒ。さらに2年前、胆管がんを患い一時は寝たきりになったが、起き上がれるまでに回復した。

医師の役割は病状の管理だけでなくリハビリの計画を立てること。これは公的医療保険のサービスだ。一方で斉木の計画のもと、週に1度リハビリのスタッフが訪問する。こちらは介護保険のサービスだ。ずっと診てもらえる安心感があって、荒さんはリハビリにも前向きに取り組めるという。

「リハビリも医療も両方提供できて、患者さんが安心して在宅でいられるように、そういう支援ができるいいセンターをつくりたいなと思っています」(斉木)

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