今日、「邪馬台国」の信憑性が学界やマスコミでも(中韓でも)確実だと思っているなら、その伝承が残り、それを祀る神社や祠があるはずなのだから、その面での追及をすればいいのに、やらない。最初から諦めている。そのこと自体が、「邪馬台国」不在の証ではないか。存在に確信があるなら、日本のどこかで、その伝説なり、神社なりを調査してもいいはずだが、ないからできない。
「日本の各地の伝説にも、土地の記憶に一切ないということは、このことで、そのもともとの不在が問われなければならなかったはずである」という判断はじつに明解である。鹿児島に日本唯一の「卑弥呼神社」があるのだが、一般にも無視されている。郷土史家が昭和57年に建立、その由来を書いた看板がトンデモお笑いレベルだ。
「ある『国』の支配的な『首長』的存在であるならば、鎮魂の意味でも、そこの地元の人々が祀らないはずはないのである」。神々はもとより鬼の類でも神社がある。聖徳太子、柿本人麿、菅原道真、平将門、楠木正成、新田義貞にも神社がある。神道の神でも日本人でもない徐福でさえ神社がある。「卑弥呼」にはそれらしい存在の痕跡もない。万葉集にもそれを推測させる歌が一切ない。
地方の歴史や文物を記した地誌である「風土記」にもない。民俗信仰、民間伝承、昔話の中にも「卑弥呼」系は見いだせない。とにかく日本には「魏志倭人伝」の様相を伝えるものは全くない。「邪馬台国」の不在はすでに定まっていたのだ。「魏志倭人伝」は、日本史において検討に値しない。わたしは今後「偽史倭人伝」と書く。「倭」という「蔑称」が気に入らぬが。
編集長 柴田忠男
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