台湾では今、古き良き「日本統治時代の建物」が観光地化されている

 

韓国では金泳三大統領の時代に、元朝鮮総督府を爆破しました。しかし、日韓併合の象徴といえども、大韓民国の建国史とも切っても切れない関係がある建築物です。それを破壊するのは、易姓革命の国としての自爆の衝動からくるものではないかと考えています。

台湾はオランダ、スペインから倭寇のボス鄭成功三代、清、そして日本、中華民国に統治されましたが、古跡としてもっとも多く残っているのが日本時代の50年ということは特筆すべきことです。

1999年には台湾中部をマグニチュード7.6の巨大地震が襲い、2016年には南部を6.6の地震が襲いました。そのとき、国民党時代に建てられた建築物が次々と倒壊していくなか、日本統治時代の建造物がびくともしなかったことは、台湾でも大きな話題となりました。

台湾大地震:日本統治時代の建築は「無傷」だった、まさに「台南の誇り」だ=台湾メディア

清は200年にわたり台湾を統治したものの、役人と匪賊が二重に税金を搾取していたため「三年一小反、五年一大乱」といわれるほど、反乱が繰り返されました。苛斂誅求の役人と匪賊の略奪しかない清の時代は、台湾史の暗黒時代とも言われ、反乱しかない社会は不安定極まりない状態でした。

海禁と山禁の200年は、もちろん原始時代のままでした。社会が安定しないかぎり近代経済は絶対に成り立ちません。台湾が1940年台に入ってから産業社会に変貌したのは、日本の警察が匪賊に代わって治安勢力となったからです。

日本統治時代、台湾の嘉義県の派出所に赴任した警察官で森川清治郎という人物は、村人のために匪賊対策を行い、寺子屋を設けて学問を教え、農業指導を行うなど、粉骨砕身で尽くしました。最後は、台湾総督府に対して村人への税金軽減を嘆願し、これが叶えられなかったために抗議の自殺を果たしましたが、彼はいまでは「義愛公」として現地で神様として祀られています。それは、日本の警察官が生民の守り神となったからです。森川清治郎の寺廟も観光の一大スポットとなっています。

台湾で神様になった日本人!森川清治郎巡査が祀られる嘉義県の富安宮

日本の古き建築物が優美さと堅牢さを兼ね備えているのはもちろんですが、韓国人と異なり、台湾人の多くが日本統治時代を古き良き時代として、当時の建物を大切に利用していることも、台湾に日本時代の旧跡が多く残っていることの大きな要因です。

日本人の先達たちが苦難の末に台湾に築いた歴史的建造物や街並みは、同時に日台の絆を今に伝える役目も果たしているのです。ぜひ台湾にいらして、それを感じていただければと願います。

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