地元の小学校に通う◯◯太くんは、母親に促されるようにして家を出た。帰宅した時間には、自分の学習机や荷物はすでに引越しのトラックに積み込まれていた。
離婚については、母から数日前に相談はされていたが、”正直なところ、嫌だ”と言ったはずだった。母は、父との冷却期間だと言っていた。
◯◯太くんは、父親が頼りなく感じていた。スポーツはできないし、出世もしていないように思える。しかし、離れてみると心に穴が空いたような、何かが足りない心境になった。
母の機嫌は良くなったが、なぜか夕飯が外食の時は、サッカーのコーチが目の前の席に座っていることに違和感を感じていた。
“きっとママは、コーチのことが好きなんだ”
そう思ったのは、母が、コーチが父になるとしたら、どう思う? と訊かれてからであった。
父と離れて暮らし、10日ほど経った頃、家に帰ると母は居なかった。この日は、学校行事の前で特別に午前中に終わる日だった。
着替えてサッカーボールを持って、近くの公園に向かうと、見たことない大人が話しかけてきた。
大人「◯◯太くん、大きくなったな、覚えてるか?」
◯◯太くん「?」
大人「お父さんの同僚だよ。会社の、小さい時はよく遊んだんだぞ」
◯◯太くん「すみません」
大人「そうだ、お母さんな、ここにいるよ、今」
◯◯太くん「え?」
大人「さっき、見かけたんだよ、◯△コーチの家でさ」
◯◯太くんは、走ってコーチの家に向かった。走れば、10分程度で着く距離であった。玄関に母が使っている自転車が停めあり、母がいるというのは嘘ではないと思った。
一度呼び鈴を鳴らそうとしたが、躊躇いの気持ちがもたげた。家はテラスハウスのようになっていて、そのまま中庭に抜けることができた。
彼は中庭に抜け、レースカーテンの中を覗き込んだ。そこには、裸で抱き合うコーチと母の姿があった。
母と目があった。
◯◯太くんの中にあった疑問がすべて溶けたように思えたのと同時に、なんとも言えない怒りがこみ上げてきた。
彼は、その窓に思いっきりサッカーボールを投げつけた。
そして、走って父のいる家に向かった。
涙がボロボロ落ちた。
父(依頼者)は、依頼中の探偵から報告を受け、慌てて早退して帰宅した。玄関前にはコーチの車が停まっていて、追ってきた妻(奥さん)が、息子と口論しているところであった。
激昂している妻(奥さん)に、父(依頼者)は、静かに”今日は帰ってください”と告げた。言葉にならない声を妻(奥さん)は発し、外玄関にあったバケツを蹴り破りコーチの車に乗り込んで消えた。
息子はその日、何を見たか話さなかった。
放っては置けないと思い、上司に有休をもらえないかと頼み込み、翌日は、息子のそばにいた。
夕方頃、ピザの宅配を受け取ると、息子は業務用の冷蔵庫からコーラを2本だし、こう言った。
◯◯太くん「4年(生)の時から変だと思ってたんだよ。コーチの家は、知っていたけど、ママがそこに行ってることも知ってたけど、言えなかったし、行けなかったんだ」
父(依頼者)は息子を抱き締め、謝りながら泣いた。
その翌日、息子は父と暮らす決断をした。
父の電話を借りて、母にその意を話すと、しばらくして玄関の前に自分の荷物が置かれていた。きっと、コーチの車で運んできたんだろうと思った。