70名以上の死者を出すなど、各地に甚大な被害をもたらした台風19号。接近前から異例とも言える注意喚起がなされていましたが、河川氾濫などにより多くの人命が奪われる結果となってしまいました。このような状況を受け、「今、自然災害ときちんと向き合わないと、私たちの命が危険にさらされる」とするのは、「ニュースステーション」に気象予報士として出演していた健康社会学者の河合薫さん。河合さんはメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、今回の台風被害が大きかった理由を記すとともに、一人ひとりが災害とどう向き合うべきかを論じでいます。
※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年10月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。
台風19号が日常になる日
台風19号の被害状況がだんだんと明らかになってきました。国土交通省によると15日午前5時までに、長野や宮城など7県の47河川66カ所で堤防の決壊を確認。13日夕方時点で把握されていた6県の21河川24カ所から大きく増えました。
今回の台風は強さと規模が大きく、予想されたコースからは風や雨が予想以上になると考えられました。ですから私自身、FBなどで警戒を呼びかけていましたが、ここまで被害が大きくなるとは。…言葉もありません。
特に河川の氾濫がここまで広範囲に渡るとは、全く想像していませんでした。今、冷静に振り返ると、数週間前の台風15号が千葉県にもたらした被害の多くが暴風によるものだったことが影響しているように思います。
いわゆる「想起ヒューリスティック(AVAILABILITY HEURISTIC)」の罠にはまっていたのではないか。そう思えてなりません。
想起ヒューリスティックは「人が判断や意思決定をする際、無意識に使っている法則や手がかり」を意味し、理詰めで正しい答えを探るアルゴリズムと対比される概念です。
想起ヒューリスティックでは、記憶時のインパクトが大きかった情報、何度も経験している情報、身近な人の具体的な情報を手がかりに未来を予想します。
たとえそれが「極めて稀」な現象であっても、「経験則」として優先されてしまうのです。
本来であれば気象庁から「狩野川台風並み」と注意喚起されたときに河川氾濫の怖さと被害をイメージするべきでした。
メディアでは狩野川台風での死者数の多さばかりが報じられていましたが、大規模な治水対策のきっかけになったのが、まさに狩野川台風だったのです。
狩野川台風では、伊豆半島中央部を流れる狩野川上流で鉄砲水や土石流が集中的に発生。約1,200箇所の山腹や渓岸が崩壊しました。激しい水流で山が2つに割れる現象が起こるなど壊滅的。狩野川下流では川の堤防が破壊され、広範囲の住宅が浸水し、橋梁には大量の流木が堆積し、浸水する地域はさらに広がりました。
堤防が崩壊し鉄砲水となり、避難所となっていた修善寺中学校に押し寄せ、さらに下流の大仁橋の護岸を削り、濁流が町を飲み込み多数の死者が出てしまったのです。
関東地方南部でも浸水被害が拡大し、東京では死者・行方不明者が46人(15日時点)。浸水家屋は33万戸近くで、静岡県全体の20倍にも達しました。
この未曾有の水害を教訓に、10年後、狩野川放水路が完成したのです。
そもそも日本の川はジェットコースター並みの勾配があり、日本の自然災害の歴史は洪水の歴史といっても過言ではありません。
今回の台風19号では、誰もが「豪雨と強風に備えなきゃ」と危機意識をもったはずです。でも、もし狩野川台風のときの川の氾濫や洪水、浸水被害の知識が共有されていれば、救えた命もあったのではないでしょうか。