読解力の底割れが始まった。「話が通じない階級」再生産の悪夢

 

あくまで社主の観察範囲内で、という前提ですが、子どもの家庭環境は学力に少なからず影響を与えているように感じます。

例えば、勉強ができる子どもの家庭は、親が子どもの得意不得意分野をしっかり把握していることが多く、面談でも「この部分が苦手みたいなので丁寧に教えてやってください」と言われたりします。

一方で、勉強が苦手な生徒の親は親本人も苦手だったせいか、我が子の得意不得意を把握できず、またその学力にも関心が薄いように思えます。せいぜい試験で子どもが取った点数を平均点と比べたり、成績表の数字を見たりする表面的な関心程度で、どの教科のどの分野が苦手なのかまで踏み込んで見られる親はあまりいません。もっとひどい場合だと、子どもが成績記録を親に見せず、印鑑を勝手に持ち出して、判を押して学校に戻したりもします。親も半ば黙認で、ここまで行くと放任に近い状態です。

とは言え、親としては「自分が勉強で苦労したから、子どもには勉強ができるようになってほしい」という気持ちから塾に通わせているわけで、そういう危機意識を感じているだけまだましと言うべきかもしれません。

ここで思い出すのが、以前坂本義太夫先生に勧められて読んだイギリスの社会学者ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)という本のことです。これは英国・ハマータウンにある学校の様子について、生徒や教師らから実際に聞き取った生の声を調査分析した社会学の古典的名著とされています。

学校と教師が労働者階級の貧しい家庭に生まれた子どもたちに教育を施すことで、親世代より良い待遇のホワイトカラーに就けるようにしようとするのですが、「学校や教師という権力に反抗することがカッコいいという価値観を親から受け継いだ労働者階級の子どもたち(野郎ども)にとって、学校という施設は結局、親と変わらぬ労働者階級を再生産するだけになっているという哀しい逆説を『ハマータウン』は明らかにしていました。

今回の調査から分かった、読解力の底が割れた子どもの増加と二極化は「読解力を備えた=会話が通じる階級」と「読解力の貧しい=会話が通じない階級」が日本の中に生まれつつある兆候なのかもしれません。そしてその両者を合わせた日本全体として平均点が下がっているということは、前者の得点では支えきれないくらいに後者の割合が増えているということでもあります。

第292号で「ケーキを3等分できない非行少年」の話を紹介しましたが、「人の気持ちを読み解くこと」は円滑な社会生活を営む上で欠かせない能力の一つです。話が通じない人は異なる意見に耳を貸しません。話が通じない人は自分を変える柔軟性を持ちません。話の通じない人は往々にして自分の意見を通そうと力に訴えます。そして、このような性質は「野郎ども」の性格とも重なります。

▼「ケーキを等分に切れない」非行少年たちの実情(東洋経済オンライン)
https://toyokeizai.net/articles/-/292381

では最後に、どのようにすれば読解力を高めることができるのかについて考えてみましょう。なお、いま国が学校で行おうとしているパソコン教育の充実は、少なくとも根本的な解決からは程遠いです。

▼【経済対策】PCを「1人に1台」学校のICT化を加速(産経新聞)
https://www.sankei.com/politics/news/191205/plt1912050039-n1.html

報道によると、経済対策も兼ねて近く小中学校で1人1台パソコンが使えるよう設備投資するそうですが、「子どもがパソコンに慣れる」→「新方式のテストにも慣れる」→「読解力順位が回復する」と考えているなら、もうどうしようもありません。そもそも教育でのICT(情報通信技術)に関して言えば、既に国内の多くの学校に電子黒板が備えてあるのに、それを扱う教師の運用能力が追いつかず、宝の持ち腐れになっているのが実情なのです。社主の地元の小学生も「電子黒板の教室あるけど、週に1回くらいしか使わない」と話していて、何ともあきれました。

読解力低下問題の原因を突き詰めようとすると、まずは「二極化という教育格差の問題であり、さらにその格差の背景には経済格差少子化教員不足デジタルディバイド読書離れ、そしてそれらを解決できない国の無為無策など多くの要素が複雑に絡み合っています。

そして今後その二極化の固定化が進んでしまえば、ことは単純に教育の問題だけにとどまらなくなります。話の通じない親によって育てられた話の通じない子どもを学校や教師が啓蒙して生まれ変わらせようなんて、今どき金八先生じゃあるまいしそうそう簡単なことではありません。その上『ハマータウン』のように、教師が奮闘すればするほど彼らを頑なに反抗的にしてしまう可能性だってあるのです。

そこで最後に提案なのですが、若者の読解力を培うため、次回2021年の学力調査までに日本全国の子どもたちに京都の伝統的なご家庭へ、 1週間のホームステイを義務付けるというのはどうでしょうか。「にぎやか」「元気」を文字通り受け取ると痛い目を見る世界で、言外の意味(ハイコンテクスト)を学ぶことによって、より豊かな読解力を養うことができると思うのです。

お茶漬けを勧められても、遠慮してすばやくお暇できるほどの読解力を身につけた次の世代の若者たちなら、次の調査で世界トップクラスに返り咲くこと間違いありません。

image by: Shutterstock.com

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京都市生まれ。滋賀県在住。虚構新聞社社主。2004年3月、虚構記事を配信するウェブサイト「虚構新聞」を設立。2010年「アルファブロガーアワード」にノミネート。第16回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品受賞。2012年開始のメルマガ「虚構新聞友の会会報」では、記事執筆の舞台裏やコラムなどをお届けしています。

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