日本のPCR検査数が増えない深刻な事情。原因は「政治の弱さ」か

 

(1)検査数を拡大すると陽性者が増える、そうなると以前なら無症状でも入院、現在はホテル療養の地域もあるが、いずれにしてもコストや収容人員逼迫の問題がある。

(2)イメージの問題。3月までなら2020年夏のオリパラを意識して「できれば陽性者数を抑制したい」という動機が否定できず。また現在でも県によっては、イメージ戦略や経済活動再開のために「少ないほうがいい」という誘導が行われる可能性はある。

とまあ、ここまでは状況的な要因で、やや過去形に属する問題です。そうではあるのですが、こうした価値観が現在も影を落としている可能性はゼロではないかもしれません。

(3)検体採取には危険を伴う。特に「鼻咽頭ぬぐい液」採取のために、鼻孔用の細い減菌綿棒を挿入すると、患者の「くしゃみ」を誘発して飛沫の高速・大量飛散を発生させる危険があり、十分な防護を行う必要がある。従って、検体採取には専門知識のある人材が、専門のPPE(医療用防護用品)を使用して行う必要があるなど簡単には拡大できない。

こちらも初期時点からよく言われていた説明です。ですが、その後、防護シールドの普及、ドライブスルー検査、ウォークスルー用ブースなど、色々な対策が取られるようになっており、件数が伸びないことへの決定的な理由ではなくなっています。

(4)安易な拡大は疑陽性による隔離キャパの浪費、偽陰性による陽性者への誤った「免罪符」発行に繋がる可能性がある。

これは一種の詭弁と言いますか、弁解用のレトリックの範疇だと思います。偽陽性が医療崩壊に繋がる危険を恐れて検査を抑制する方が、誤差をマネジメントしながら検査を拡大して隔離政策を徹底するよりも「結果が良好」ということは言えません。一方で偽陰性の人が闊歩して感染を拡大するという可能性も、無自覚な陽性者が闊歩している現実、そして社会隔離政策が曲がりなりにも実施されている中では、あまり意味のない指摘です。

(5)検査のうち、検体採取を増やすのはそれなりに可能だが、採取した検体を分析する要員には限界がある。

ここが多分本丸なのだと思います。分析作業に必要なのは、まず「臨床検査技師」という国家資格で、これは多くの場合4年制の大学でその専攻を行って後、国家試験を受けて取得するものです。更にPCRなど遺伝子検査の場合は「2年程度の実務経験」があって一人前となります。ですから、非常に人材として限られているわけです。

(6)臨床検査技師は、代表で参院議員を送り出すなど利害集団を形成していて、その団体の政治力が検査拡大を妨害している。

これは、少し違うと思います。確かに臨床検査技師集団のボスは、自民党の参議院議員として1名のポストがあるようです。例えば、伊達忠一前議員(北海道選出)は2016年から19年まで3年間参院議長を努めていますが、その前は、この議員が業界を代表していたようです。

同氏が参院議長になった時点で、新たに宮島喜文議員という新人議員(比例区)が、その「1名」となったと考えられます。宮島議員の場合は「日本臨床衛生検査技師会、日本衛生検査所協会、日本臨床検査薬協会、日本臨床検査薬卸連合会」が支持団体としてあるようで、「臨床検査」という業界を代表しているのは間違いないと思われます。

仮にそうだとして、既得権益を守るために活動しているとか、実は権益の甘い汁があるというのは、ちょっと違うのではないかと思います。

(7)臨床検査というビジネスは、最前線でも薄利、現場は微妙な均衡の中にあって負荷がかけられない構造。

たぶん、そうした形容が実態に近いのではないでしょうか。まず臨床検査というビジネスそのものは、拡大傾向にあり大きな産業になっています。ですが、その単価は抑制されていますし、医療費抑制、健保体制維持のためには大幅な拡大は望めません。むしろ、保健所の予算などは切り詰められているのが現状です。

また、臨床検査技師という資格は、「決して独占ではない」という問題があります。まず、医師や看護師は、臨床検査の業務ができます。それどころか、検査そのものに関しては、無資格でやっても法的には問題はない、制度としてはそうなっています。

更に、給与水準も決して高くはありません。年収300万円代からスタートして、年功で上がっていって全平均は500万という水準です。そして、基本的に「平時には残業が少ない」職業であるので、70%が女性という構造もあります。ということで、「既得権益の甘い汁」というのとは全く違っていて、ギリギリの均衡状態の中で業務を淡々と進めていく、そうした専門職集団なのだと思います。

実は、この構造はアメリカも似ています。専門学校や4大で専攻して試験を受けて資格(公的資格の州と、私的団体の資格でいい州があります)を取ること、スタートが年収3万ドル台ということなど、その地位は似通っています。但し、決定的に違うのは労働市場がオープンかどうかということで、日本の場合は終身雇用の正規雇用が主ですので、よく言えば安定していますが、悪く言えば緊急時への即応体制は弱いわけです。

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