温かく優しく、そして時に厳しく我が子と向き合う母親。そんな「母」という漢字の2つの「丶」は、何を表しているかご存知でしょうか。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、山田洋次監督が映画『学校』を制作する際にモデルとした夜間中学の教師が語った、母親についての感動的なエピソードが紹介されています。
誕生日は、産んでくれた母に感謝をする日
長年、夜間中学校の教師として勤務し、山田洋次監督作品の映画『学校』のモデルにもなった松崎運之助先生。『致知』2004年3月号にご登場くださった際の
心に染みるお話をご紹介します。
松崎運之助(夜間中学校教諭)
夜間学校に通う生徒たちに「父」と「母」という漢字を教えて差し上げた時のことです。「父」は斜めに線を引っ張って下にバッテンを書くだけだけど、「母」は「く」と「く」のさかさまを組み合わせ、不安定に傾いていて、中に点々まである。父は簡単だけど母は難しいというのが皆さんの一致した意見でした。
「先生、点々は略しちゃいけないの?一本の線でいいじゃない」
「点々はお母さんのおっぱいを表しているから、簡単には変えられません」
と答えると、
「ええ!?おっぱい出していいの?」
「やっぱり棒線で消したほうがいい」
と大騒ぎ。そうこうしているうち、ある生徒さんが
「先生、悪いけど私にはあれがお母さんのおっぱいには見えません」
と言い出しました。困ったなと思っていると、その方は、
「私にはお母さんの涙に見える」
とおっしゃいました。すると他の生徒たちも、
「そうだ。あれはお母さんの涙だ。お母さんの涙は大事にしなくちゃな……」
と頷き、それぞれが苦労の多かったお母さんの話を始めました。若い頃、母の心など知らずどれだけ反抗したか。逆らったか。溢れ出る涙をそのままに皆さんが語り出しました。
年が違おうと国籍が違おうと、父がいて母がいて、今日まで多くの方々に支えられて生きてきたことは変わらない。それは私も同じです。私もクラスの仲間として、皆さんに母の話をしました。
私は両親が満州から引き揚げてくる混乱のなかで生まれました。小さかった兄は、私が母のお腹にいる時、逃避行を続ける最中で息絶えたといいます。失意のどん底に叩きつけられた母は、泣き明かした後、
「いま息づいているこの命だけは何があっても産み出そう」
と誓い、私を産んでくれたのです。
私は誕生日が来る度に、母からこの話を聞かせられました。
「あんたが生まれたのはこういうところで、その時、小さな子どもたちがたくさん死んでいった。その子たちはおやつも口にしたことがない、おもちゃを手にしたこともないんだよ。あんたはその子たちのお余りをもらって、やっと生き延びられたんだ。あんたの命の後ろには、無念の思いで死んでいった人たちのたくさんの命が繋がっている。そのことは決して忘れちゃいけないのよ」
私は生まれてこのかた、母に誕生日プレゼントをもらったことはなかったし、欲しいと思ったこともありません。私にとって誕生日は、産んでくれた母に感謝をする日でした。
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