ホンマでっか池田教授が明かす生物学的な「多様性」と社会の矛盾

 

クローンが環境変異に弱く絶滅し易いのは生物学の定説で、遺伝的多様性が高く、様々なタイプの個体が存在している方が、種の絶滅確率は低くなる。すでに書いたことがあるが、有名なのは19世紀半ばのアイルランド飢饉だ。当時アイルランドの人々の主食はジャガイモで、栽培に最も適したほぼ1品種のジャガイモだけを栽培していた。まあクローンに近いと考えてよい。ところがジャガイモ疫病というカビによって引き起こされる伝染病が流行して、アイルランドのジャガイモは壊滅的な被害を受け、酷い飢饉が発生した。このクローンはジャガイモ疫病に弱いタイプだったのだ。

遺伝的多様性が高い方が生き残り易いのは人間にも当てはまる。約10万年前からアフリカを出て波状的にユーラシア大陸に侵入したホモ・サピエンスの一部は、先住人類のネアンデルタール人と交雑した。その結果アフリカに残ったホモ・サピエンス以外の現生人類にはネアンデルタール人の遺伝子が2~5%ほど混入している。

交雑した個体はそれほど多くなかったろうし、ネアンデルタール人は3万9千年前に絶滅しているので、混入したネアンデルタール人の遺伝子が特別適応的でなければ、確率的に消えて行ってもよさそうだ。なぜ残っているかというと、これらの遺伝子は耐寒性に優れた遺伝子だったからだと考えられている。ネアンデルタール人と交雑せずに純血を守ったグループもあったに違いないが、氷河期の寒さで絶滅したのだろう。ジャガイモの生き残りばかりでなく、人類の生き残りにとっても遺伝的多様性は重要なのである。

京都の鴨川のオオサンショウウオは、現在9割以上がニホンオオサンショウウオと、人為的に移入されたチュウゴクオオサンショウウオのハイブリッドで、外来種排斥主義者は遺伝子汚染と言って忌み嫌っているが、当のオオサンショウウオにしてみれば、交雑したことで遺伝的多様性を増やし、結果的に種の生き残りを図っているとも考えられる。

自分たちもネアンデルタール人との交雑の産物なのに、なぜ他の生物の交雑を遺伝子汚染というネガティヴなコトバで呼ぶのか分からない。異質な他者は排除した方がいいという感性が身に付いているせいなのだな、きっと。おそらく、これは狩猟採集生活を脱して、集団間の抗争や戦争が始まり、他の集団を警戒せざるを得なくなった時からの思考パターンなのだろう。

print
いま読まれてます

  • ホンマでっか池田教授が明かす生物学的な「多様性」と社会の矛盾
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け