【第13回】猫は死期を悟って「最期の挨拶」をするって本当? 春日武彦✕穂村弘対談

 

「活きのいいロブスター」と「生きているロブスター」

穂村 一方で、同じ哺乳類でも、牛とか豚みたいに食用にされることの多い動物は微妙なラインだよね。短歌だと〈番号を耳にかゝれてうごめけり信号まちのトラックの豚〉(弘津敦子)とか〈トラックの牛はよぎりつ街中を吸込むやうな瞳のこして〉(石塚令子)みたいになる。つまり、食べるために命を奪うことに微妙な後ろめたさを持っていながらも、家畜は「人間の側」にはいないという認識だね。

春日 つまり、感情を持たない存在、ということだよね。感情を持った家畜なんてものは、擬人化されたマンガに過ぎない、と。

穂村 はっきりと感情移入の対象になっている犬や猫とは違うよね。残酷だという意識はあるけど、豚も牛も食べてるし……みたいな微妙な後ろめたさが、我々にそうした短歌を詠ませるんだと思う。

春日 家畜に関しては、俺は基本的にはどうとも思わないんだけど、時々牛や豚が「今まで育ててくれて、どうもありがとう」みたいなことを言うフィクションがあるよね。

穂村 牛の肥育や養豚業の人に? だって彼らは売るために育てたんだからさ、感謝する必要なくない?

春日 それはそうなんだけど、飼い主も情が移ってくるわけじゃん。で、躊躇してるとさ、向こうの方がちゃんと悟ってて「今までどうもありがとう。大丈夫だよ」みたいに言ってくれて、飼い主が、延いては読者が「ううっ」ってなるみたいなのは定番じゃん(笑)。

もちろんそんなのファンタジーだって分かってるんだけど、妙に文章の上手いヤツの手にかかると、その手の内を分かった上でも、なんかグッときちゃうんだよね。

穂村 僕は北海道出身なんだけど、父は屯田兵の孫世代で、生家は貧しい農家だったんだよね。で、家では馬とか牛とか豚とか鶏とかを飼ってて。前に聞いたことがあるんだけど、同じ家畜でも種類によって名前を付けるものと付けないものとがあったらしい。付けるにしても、せいぜい「●●号」とか「●●丸」くらいにしておいて、距離感が縮まり過ぎたり、情が移り過ぎないようにしていたみたい。

春日 食用にしづらくなっちゃうもんね。ふざけたつもりで馬や牛に服を着せたりしたら、冗談どころではない罪深い行為になってしまうんだろうなあ。

穂村 しかしさ、我々はそんな時代から比べて、どんどんひ弱になっていると思うよ。昔、ロブスター屋みたいなところに行ったら、テーブルまで「こちらを供させていただきます」みたいにウェイターさんが料理するやつを持ってくるじゃない。

春日 こんなに新鮮ですよ、ってね。

穂村 ハサミをぐるぐる巻きにされてさ。ああいう時のロブスターって、怒ってるように見えるから怖いんだよ。「俺を食う気か!」みたいな。頼むからやめてくれよ、その儀式いらないから、って思ったもん。こっちは何の罪悪感も持たずに、ただ美味いものを食いたいだけなのに、そんなことされたら食べづらくなるじゃん。

でも、その時に「生きたロブスターを目の前に持ってくるなよ」っていうのは卑怯なわけでしょ。生き物を食べるのに殺生の部分を見ないようにしたい、ということだから。

春日 お店の人にしたら、お客に喜んでもらおうとしているだけなんだろうけど。

穂村 でも、あれを見ちゃうとさ……。ロブスターからしたら「お前が俺を食うなら、お前の手でやれ!」「このハサミのぐるぐる巻きを取れ! 正々堂々と勝負しろ!」みたいな気持ちでいるんじゃないかと考えちゃう。そこで僕も「よし、やってやる」みたいに応えるべき……みたいなことが、生きたロブスターがテーブルに出された瞬間に脳裏に浮かんでくるから、もうすべてが嫌になってしまうんだよ。

春日 食べる気が失せちゃうのね(笑)。たんなる食材の筈なのに、それが処刑前の捕虜みたいな存在になっちゃう。

穂村 「活きのいいロブスター」は嬉しい。でも、「生きているロブスター」はイヤなの。以前、家に生きたカニが送られてきたことがあって、僕も妻もそんなものを料理した経験がないから、どうしたらいいか分からなくなってしまったんだよね。

とりあえず熱湯に入れるんじゃないか、という話になって、そうしたんだけど、その途端「ギャア!」みたいな声が聞こえた気がして怖くなってしまった……。で、その日は駅前にラーメン食べに行っちゃったんだよ。

春日 目の前にカニがあるのに、ラーメン(笑)。

穂村 次の日か、その次の日くらいに、ほとぼりが冷めるのを待ってから食べたんだけど。とにかく、その日は無理だった。

春日 穂村さん、絶対呪われたよ。ひひひ。

穂村 そういえば昔、アナウンサーの滝川クリステルさんと対談したことがあるんだけど、彼女は動物愛護の活動を熱心にしているんだよね。だから、当日着ていく服をどうしようか、けっこう悩んでさ。毛皮とかは絶対ダメそうでしょ? まあ、そんなの持ってないけどさ。

ただ革靴は履くじゃない? でも、革靴の人なんていっぱいいるわけで、それにいちいち怒ることはないだろうと思ったんだけど、実際のところは分からないから。結局、履いて行って、当日正直に聞いてみたんだよ。「今日ちょっと心配なことがあって……」って。そしたら、まあ笑ってくれてたけど、内心は分からないよね。

オレ死に13_トリ済み_ 修正

 

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