『鬼滅の刃』に蔓延する“飢え”。作品が本当に描きたかったテーマとは?

 

「永遠」を巡る争い

もう一つのテーマが「生への飢え」です。

「鬼」の始祖となった鬼舞辻無惨(きぶつじむざん)は、平安時代から「生」に取り憑かれて生きています。病弱だった無惨に医師が与えた薬で強靱な肉体と不死を手にいれました。しかし、日を浴びることができなくなり、人の血肉を求めるようになったのです。無惨の望みは、日中も行動できる完璧な不死身でした。

鬼殺隊の当主・産屋敷耀哉(うぶやしきかがや)は、無惨と同じ血筋だと言います。無惨のせいで一族は呪われ、短命に終わります。それを解決する手段が、鬼と化した無惨を討つことだというのです。

つまり、1000年続く「長命」を得るための一族の争いに、鬼と鬼殺隊が、それこそ命を賭けるという構図にも読めるのです。

専制君主と家族

1000年もの間、力を蓄えてきた無惨は超越的な力を持ち、鬼を配下に治めています。いわば専制君主です。鬼も不死を得て力を蓄えています。しかし互いに力を誇示するばかりで、協力体制は取れていません。

一方、鬼殺隊は人なので、生命の限界があります。互いに協力し合わなければ、鬼には勝てません。そして、それぞれが独自の考えで鬼に対応しています。産屋敷は、鬼殺隊のメンバーを「私の子供たち」と呼び、家族のごとく扱うのです。

この争いには「許し」はありません。那田蜘蛛山(なたぐもやま)での闘いのときに、家族に固執する鬼(蜘蛛)に対して、炭治郎が同情を寄せる場面もあります。しかし、格上の鬼と闘うに従って、鬼にも鬼殺隊にも「許せない」「許さない」という感情が衝突します。

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