小泉悠氏が解説、徹底抗戦を覚悟するウクライナの戦略

 

ゼレンシキーの「ハイブリッド戦争」

ところで、ゼレンシキーのロシアに対する対抗戦略にはハイブリッド戦争的な趣があります。これは民間人を動員しているからハイブリッド、というような話ではありません。

ハイブリッド戦争の概念を整理した米海兵隊のフランク・ホフマンが述べるように、その本来意味するところは、戦場で起きている事態を敵・味方・中立のオーディエンスに対して有利な形で認識させ、戦闘での勝敗とは別の領域で最終的に戦争に勝利しようとする思想です(「Conflict in the 21st Century:THE RISE OF HYBRID WARS」)。

例えばホフマンがケーススタディとして用いているのは2006年の第二次レバノン戦争ですが、ここではヒズボラ側がイスラエル軍に対して勇戦する様子、イスラエルの攻撃が無辜の人民を殺傷している様子などを情報空間上で広く拡散された結果、国内外で批判的な論調が強まり、後者は前者の壊滅という戦略目標を達成できないまま撤退を余儀なくされました。つまり、ハイブリッド戦争においては、軍事的手段を用いた闘争は戦場で行われるものの、勝敗自体は戦場の外部で決定されるということになるでしょう。

この点、ロシアはあまりにも杜撰な「大義」を掲げたために国際社会(戦場の外部)から総スカンを食っていますが、元コメディアンのゼレンシキーは非常にたくみです。

インターネットを通じてロシア国民にロシア語で訴える感動的なメッセージ(「‘We will defend ourselves’, says Ukrainian president Volodymyr Zelenskiy」)を公開したり、閣僚とともにキエフに踏みとどまっている様子(「Volodymyr Zelensky takes to the streets to rally people against Russian invaders」)をインターネット上に投稿したりと、とにかく「他者からどう見られるか」をすごくよくわかっている、という印象を持ちました。その上、ウクライナは今、横暴なロシアに対して健気にも対抗しようとしている立場にあるわけですから、ハイブリッド戦争を有利に進める条件はこれ以上ないくらい揃っています。

その効果はロシア国民にさえ及んでおり、ロシア各地では大規模な反戦デモが開かれるに至っています。ロシアで自国の戦争反対を理由とするデモがこれほど盛り上がるのはおそらく初めてのことであり、ウクライナのハイブリッド戦争が大きな効果を発揮していることが読み取れるでしょう。

しかし、残念ながら、ゼレンシキーのハイブリッド戦争がロシアに対してどこまで有効かといえば、私は悲観的です。ハイブリッド戦争理論は、敵・味方・国際社会の激しい非難を浴びた侵攻国側はこれに耐えられずに戦略目標の達成を断念せざるをえなくなることを前提としていますが、これが果たしてプーチン政権にも通用するかどうか。

今回の侵攻に先立ち、ロシアは既に国際社会からの激しい非難に晒され、これまで以上に厳しい経済制裁を予告されていましたが、それでもプーチン政権は戦争に踏み切っています。また、反戦デモにしても、その規模と広がりは過去の抗議運動を超えるものではなく、それらによってもプーチン政権の権威主義的性格が揺るいだわけではありません。

要は、ゼレンシキーはとても優れたハイブリッド戦争戦略家であるけれども、どうにも相手が悪すぎるのではないかということです。

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