小泉悠氏が解説、徹底抗戦を覚悟するウクライナの戦略

 

対話する気はあったのか

開戦前には、もしかすると戦争が回避できるのではないかという期待が持たれた時期もありました。

前号(「ウクライナ危機を巡る『プーチンのジェットコースター』」)でも書いたように、15日に訪ロしたショルツ独首相は第二次ミンスク合意をウクライナと話し合う余地があるというメッセージをプーチンに伝えていましたし、同じ日にロシア下院が行ったドネツク・ルガンスクの国家承認を求める決議も、一種の政治的ブラフではないかと私は見ていました。さらに24日にはロシアのラヴロフ外相とブリンケン米国務長官による会談が予定されていたので、ここまでは軍事行動に訴えないだろうとも期待していました。

ところが、21日に全てがひっくり返ります。

同日、「拡大国家安全保障会議会合」を開催したプーチン大統領は、閣僚たちをひとりひとり演壇に立たせて、ドネツク・ルガンスクの国家承認を支持すると発言させ、最終的にこれを認めました。米国は即座にこれに反応し、ドネツク・ルガンスクの国家承認を「侵略」と断定。これでラヴロフ=ブリンケン会談も、フランスのマクロン大統領が仲介した米露首脳会談も完全にお流れとなりました。

ロシアは、この決定が最後の米露対話のチャンスをご破産にすることを理解していた筈です。にもかかわらず、それを実行に移したのは、少なくとも21日の時点で戦争を回避する意図を持っていなかったということであり、それ以前の一週間における「ジェットコースター」的展開もロシアの意図を誤認させる欺瞞(マスキロフカ)だったという疑いを強く持たざるを得ません。

しかも、24日に公開された国民向けビデオメッセージ(前述)に写っていたプーチン大統領の服装は21日時点と全く同じでしたから、これもドネツク・ルガンスクの国家承認が事実上、開戦ののろしであったことを示唆します。

軍事作戦の実際

それでも、とにかく戦争は始まってしまいました。

前述のように、ロシアは北部・東部・南部の3方向からウクライナを攻撃しており、本メルマガを書いている時点では首都キーウや第二の都市ハルキウの郊外までロシア軍が迫りつつあります。

ただ、その進捗はあまり芳しくないようです。開戦初日から3日目までにロシアは巡航ミサイル・弾道ミサイル250発を発射してウクライナの防空網と航空戦力を制圧しようとしましたが、その成果は不十分なものでした。そもそも広大な国土を持つウクライナに250発がところのミサイルを発射してみせたところで継戦能力を奪えないのは明らかであり、実際、ウクライナの空軍機や防空システムは大きな損害を出しながら活動を続けていると見られます。

Senior Defense Official Holds an Off-Camera Press Briefing FEB. 26, 2022

しかも、ロシアは敵防空網制圧(SEAD)がまだ不十分な開戦初日に地上部隊をウクライナに越境させ、首都キーウ郊外の空港に対してヘリボーン(ヘリコプター機動による着上陸作戦)さえ仕掛けました。攻勢準備射撃も満足に行われていなかったでしょうから、これでは大きな衝撃力を発揮できないのは当然です。

さらにいえば、ロシアは昨年春からウクライナ周辺の兵力を展開させたり引っ込めたりを繰り返していましたから、この間に国境地帯や大都市周辺では野戦築城を行う十分な時間があったと考えられます。

この結果、ロシア軍は第1親衛戦車軍をはじめとする機甲戦力を投入しながらウクライナ軍の防衛戦をなかなか突破できておらず、開戦から5日目に入った現在もキーウやハルキウを陥落させられていません。前者はベラルーシ国境から90km、後者に至ってはロシア国境から30kmしかないですから、この条件でウクライナ軍がまだ持久できているのは奇跡的と言ってよいでしょう。裏を返せば、それだけロシアの軍事力運用にはどうにも稚拙な印象がつきまといます。

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