ですが、問題は今回の戦争が「当事者間の問題を超えた」ということです。少なくとも、第二次大戦の終結時に、国社社会が作った平和、もっと具体的に言えば、世界大戦を防止する仕組みが揺らいだのは事実だからです。唯一残った枢軸国であった日本とは、サンフランシスコ講和を行う、戦争犯罪に関してはニュルンベルクと東京の臨時法廷で決着をつける、併せて連合国という非公式な有志連合を、国際連合(名前は同じ United Nations ですが)という恒久機関に改組するといった仕組みが、ここまで動揺したのは初めてだと思います。
7点問題提起をしたいと思います。
1点目は戦争犯罪の問題です。ここ数日、ロシア軍によるキーウ郊外における、住民虐殺が報じられる中で、バイデン大統領は「プーチンは戦犯」だという言動を繰り返しています。この言動は、テクニカルな見方をするのであれば、和平交渉の駆け引きの一種と見るべきですが、一般論として交渉相手を戦犯だ呼ばわりするというのは、早期和平の実現にはマイナスです。
ですから、2国間和平による戦闘終結を優先するのであれば、この種の言動は棚上げすべきです。そうではあるのですが、仮にこのような重大な戦時国際法違反があったとすると、これを無罪放免にするということは、戦時国際法を無力化してしまいます。これは極めて重大なことであり、19世紀から20世紀にかけて人類が努力した戦争における残虐行為の非合法化や、戦時の行動規範といった「人類が生存するためのインフラ」を破壊してしまうからです。
では、どの時点で、どのような形で戦争犯罪の追及を行うのか、これは大変に大きな問題であると思います。
2点目は、難民問題です。今回、現時点では400万人を超えたというウクライナ難民の中欧への流出は、受け入れ各国にとっては大きな負荷となっているようです。ですが、シリア難民の問題のように、このウクライナ難民への反発が中欧各国で発生して、極端な排外主義や難民への差別が起こるということは「考えにくい」と思います。
何故ならば、ウクライナの人々は、「白人」であり「キリスト教徒」であり、特にポーランドやルーマニアに取っては、隣人というか遠い親戚という感覚があるからです。もっと言えば「ロシア=ソ連」の被害者という意味では、自分達とは全く共通ですし、更に言えば「自由と民主主義」を奉じて自由経済を運用する人々であるわけです。ホンネの議論としては、シリア難民とは条件が違います。
問題は、ウクライナ難民への差別が排外主義を引き起こすかどうか、ではないと思います。勿論、今後はトラブルも起きるでしょうし、軽度の人道危機的な状況も生まれると思います。ですが、恐らくはウクライナ難民が中欧で、あるいは西欧で、アメリカやカナダで深刻な迫害を受ける可能性は軽微だと思います。
大変なのは、実はこの点です。EUも北米も、高度な民主制を敷いており、政治制度も法制も人権という概念を元に組み立てられています。そこで、「ウクライナ難民はいいが、シリア難民は困る。もっと言えばミャンマーの難民は関係ない」という態度を取るようだと、EUにしても、北米にしてもそれぞれの国家の立憲政体としての「国のかたち」が揺れてしまいます。
既に米国では、ウクライナ難民を早期に難民認定するのであれば、ホンジュラス難民も入国させないと不公平だという議論があります。そうすると、右派が騒いでバイデンとしては困るのですが、法治国家としてはこの議論は無視できません。
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