プーチンでもゼレンスキーでもない。ウクライナ戦争の真の勝者

 

トルコ・エルドアン政権にとっての一番の関心事と言えば、クルド人問題の解決ですが、今回、シリア国境付近に潜むクルド人武装勢力であるYPGの排除を国際社会に認めさせたいという思惑が鮮明になってきています。

以前、ロシアの仲介の下、シリアのアサド政権との和解の条件となった国境付近の緩衝地帯に越境攻撃をして、一気にYPGの駆逐を願っているようですが、その際、ウクライナにおけるロシアのふるまいに対して制裁を加えない見返りとして、ロシアにも越境攻撃を容認させようとしています。プーチン大統領はすでにそれに応じており、シリアに駐留するロシア軍を次々と撤退させ、ウクライナ戦線に投入して、自らが保持してきたシリア問題における外交的主導権を、エルドアン大統領に譲るアレンジをしています。

YPGおよびクルド人へのトルコからの攻撃に対しては、欧米各国が2019年以降、トルコ制裁を強化していますが、対ロシア戦を優位に進めるためのカードとしてのスウェーデンとフィンランドのNATO加盟申請に対し、NATO憲章の全会一致規定を巧みに利用して、YPGを支援しているとされる両国に圧力をかけています。現時点では、両国の姿勢に変化はないようですが、じわじわとNATO各国には重荷として効いてきているようです。

しかし、トルコによるYPGへの攻撃を激しく非難してきたアメリカ政府の姿勢に譲歩の兆しが見えてきました。

これまでのようにトルコによるYPGへの攻撃と非難については、反対姿勢から「深い懸念を有する」という姿勢に軟化しており、同時に「トルコの正当な安全保障上の懸念は理解する」と政権幹部が発言して、エルドアン大統領の要請に少し答えているように見えます。

議会については相変わらず「トルコはけしからん」という従来からの姿勢を貫いていますので、米政府がどこまでエルドアン大統領とのゲームに付き合えるかは分かりませんが、確実にエルドアン大統領にとっては良い兆しとなっていると思われます。

対欧米の発言権を強めると当時に、ロシアとウクライナの間で中立な立場を貫くことで、出口を見つける国際戦略で主要なプレイヤーの地位を再構築しつつあります。

例えば、セルビアへ訪問を阻止されたラブロフ外相が向かったのはトルコの首都アンカラですが、そこで国際社会の生命線、特に食糧危機の根源となるロシア艦隊による黒海の封鎖解除に対して、トルコ政府の音頭で、ロシア・ウクライナ・国連、そしてトルコによる共同監視センターをイスタンブールに設置し、黒海における貨物船の通過をコントロールするという提案をする模様です。

これは短期的には、ウクライナからの穀物輸出の停滞を解決し、国際的な食糧難と危機を解決する手段だと評価されますが、実際には、この枠組みを主導することに成功した暁には、少し皮肉を込めて言えば、ロシアの代わりにトルコが世界の穀物供給の生命線をコントロールする立場につくことを意味します。

これにより、ロシアとウクライナの間の停戦に向けたお膳立てをするという外交安全保障上のcasting voteを握る立場に立つだけでなく、まるでロシアによる対欧州石油・天然ガスパイプラインのように、ウクライナ産の穀物に依存する国際的な食糧事情の“バルブ”をトルコが握る立場に就く可能性が出てくることに
お気づきでしょうか?

「そんなことは分かっている」といろいろな政府が言うかもしれませんが、そのような企みに気づいていたとしても、トルコによる仲介プロセスと黒海における海上封鎖問題の解決に期待せざるを得ない各国のジレンマがあるのも事実です。

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