3.「いろいろなこと」が幸せ
学校で真面目に勉強すること。就職したら会社で真面目に仕事をすること。これが悪いと言う人はいないでしょう。でも、そのまま定年になったらどうでしょう。終末医療の現場の人の話では、人生の最期に「なぜ、もっといろいろなことをやらなかったんだろう」と後悔する人が多いそうです。
学生時代の幸せな時間と言うと、クラブ活動、体育祭、文化祭、遠足や林間学校、修学旅行など、比較的自由な時間ではないでしょうか。授業の時間が幸せだったという人は少数派です。
就職して社会人になってからの幸せな時間とは何でしょうか。多くは仕事以外のプライベートな楽しみ、恋人とのデート、友人との会食や旅行等に幸せを感じると思います。「いろいろなこと」とは、「幸せを感じる時間」を意味しているのではないでしょうか。
「遊びや恋愛は無駄なこと」と考えている人は勉強や仕事だけに集中してしまいます。そのときは褒められても、人生の最期になると後悔するようです。無駄を排除して、真面目に働き、定年を迎えれば、退職金と年金で安定した老後を過ごすことは可能かもしれません。時間もたっぷりあります。
ところが現実はどうでしょうか。定年になった途端に気力が消えて、ダラダラと過ごす人が意外と多いのです。あまりにも忙しく働き過ぎたために、趣味もなければ、会社以外の友達もいない。お金の使い方も分からないし、何をしたらいいのか分からない。「いろいろなこと」をしていないからです。
4.お金があっても買えないもの
お金があれば何でも買えるということも疑ってみたいと思います。私はアパレル全盛期を経験しています。3億程度の会社が数年で百億の規模になった現場に居合わせました。当然、幹部社員の生活も変わりました。
スーツ、靴や時計が高級ブランドになり、車も高級車に、お酒を飲む場所も安い居酒屋から高級クラブへと変わりました。でも、意外に行動は変わりません。貧しくても、金持ちになっても、酒を飲んでナンパに励むのが好きな人はいます。持ち物は変わってもやっていることは一緒なのです。
お金持ちになったから、茶道を始めるとか、油絵を始めるとか、チェロを習うという人には会ったことがありません。茶道も油絵もチェロも楽しむためには、まず努力が必要です。お金で楽器は買えても、それを演奏して楽しむことはできません。茶器も同様です。買うことはできても楽しめない。だからお金があっても買えないということです。
食事も同様です。高い料理を頼むことはできても、正しいマナーを身につけ、リラックスしながら、高級な料理に相応しい友人との会話はできないものです。
人生を彩る時間は真面目に勉強したり、仕事をするだけでは手に入りません。お金を稼ぐ行動だけでは入手できないことが、世の中には多い。しかし、それに気がつくことなく、一生を終える人も実に多いのです。そして、最期に後悔するというわけです。
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