象徴的な分岐点は、アメリカのジョー・バイデン大統領肝いりの経済連携構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」である。IPEFの立ち上げに際し、日本は東南アジア諸国連合を巻き込むための「橋渡し役」を演じたが、これが不評であったことはこのメルマガでも書いた通りだ。
来日時、メディアの取材に応じたシンガポールのリー・シェンロン首相やマレーシアのマハティール元首相の言葉からは、米中対立に巻き込もうとする日本の動きを、かえって警戒しけん制する発言が目立ったからだ。この動きの裏には、東南アジアの人々の対中感情が大きく改善されたという変化があった。日本人が見落としがちな事実だ。
日本のメディアは常に「『一帯一路』は失敗し、沿線国は『債務の罠』に苦しみ、中国に反感を抱いている」と伝え続けている。こうした木を見て森を見ず的な報道で、多くの日本人が誤解した。アジアの人々も自分たちと同じ対中観を共有している、と。
だが、外務省が東南アジアの9カ国を対象に行った世論調査では、G20(主要20カ国)の中で最も信頼できる国や機関という設問に対する回答は中国が19%で1位。日本の16%を上回っているのだ。
また最近発表された「グローバルガバナンス指数2022報告」によれば、2013年から2021年まで、中国の世界の経済成長に対する平均寄与度は38・6%と圧倒的で、主要7カ国(G7)の寄与度の合計さえ上回ったというのだ。つまり中国は、世界の経済成長を推進する第一の原動力であり続けているのだ。そうであるならば、対中感情がどうという以前に、世界は選択の余地のない「中国との利害共有者」というべきだろう。
マハティール氏はIPEFについて「中国を排除し、対抗しようとするものだ」と切り捨て、リー首相は、「今やアジアの多くの国にとって中国は最大の貿易相手だ。アジアの国々は中国の経済成長の恩恵にあずかろうとしており、貿易や経済協力の機会の拡大をおおむね歓迎している。中国も広域経済圏構想『一帯一路』のような枠組みを作り、地域に組織的に関与している。我々はこうした枠組みを支持している」とはっきり述べている。
二人の反応の裏側にあるのは、中国への親近感でもなければ好き嫌いでもない。むしろ中国が大きくなることへの漠とした不安を共有しているかもしれない。だが、彼らは子供っぽい発想はしない。そうした漠然とした不安に付け込まれて、米中の対立に巻き込まれ、国力を落とすような愚かな選択はしないのだ。
こうした発想は中国との親和性も高い。別の中国人のB氏は、「アジアに経済発展の強い追い風が吹くのはそれほど長くはないかもしれない。そんな貴重な時間を、米中対立に振り回されて終わらせるなら、こんな愚かなことはない」と語る。
しかし、こうした発想も日本人と共有することは難しいのだろう──
(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2022年12月25日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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