今もチラつく安倍氏の“亡霊”。こじれた諫早湾干拓裁判で最も責任が問われる輩

2023.03.17
 

国民に「泣き寝入り」強いる現役大臣の発言

諫早湾干拓の話に戻る。

判決では開門開始の期限は、3年後の「2013年12月」に設定されていた。ところが、期限から1年前の12年12月、民主党は衆院選で大敗。自民党の第2次安倍政権が発足すると、安倍政権は司法に求められた開門の求めを無視した。「行政が司法の確定判決に従わない」という暴挙に出たのである。

敗訴が確定した国にとって、司法の判断が面白いものであるはずはないだろう。しかし、だからと言って「行政訴訟で司法が出した結論を当の行政が無視する」というのは、民主主義国家としてあり得ない。

それどころか安倍政権は、政権復帰後の14年1月、開門を命じた福岡高裁判決の「無効化」を図る訴訟を佐賀地裁に起こした。自らが敗訴した判決の「ちゃぶ台返し」を求めたのである。

この提訴の背景には、前年11月に長崎地裁が「開門差し止め」を命じる決定を出し、司法判断がねじれた事情があった。しかし「開門せよ」「開門するな」と司法判断がねじれた時に、どうして行政が一方的に、自らが負けた方の裁判について、その判決を「なかったことにする」ことを、平然と求めるのだろうか。その神経が理解できない。

第2次安倍政権以降の歴代自民党政権は、その後も裁判所が呼びかけた和解協議の場につくことを拒み続けた。「開門の余地を残した協議の席にはつけない」と。

まるで駄々っ子である。

そして、意外に注目されていないのだが、筆者があ然としたのは、最高裁判断が明らかになった2日、野村哲郎農相が記者会見で語った言葉だ。漁業者に対し「訴訟だけはもうおやめいただきたい。でないと、せっかくの宝の海が持ち腐れになってしまう恐れがある」と述べたのだ。

「訴訟だけはもうやめて」。それは、憲法で国民に認められた「裁判を受ける権利」を踏みにじるものだ。行政に不当な扱いを受けても、あとは行政がよしなにしてやるから、訴訟なんて水臭いことは言わずに泣き寝入りせよ、と言っているわけだ。

さすがにこれはまずいと感じたのか、野村農相は8日の衆院農林水産委員会で「紛争の一つの区切りにしたいとの気持ちだった」と発言を釈明したが、遅い。何しろ「裁判をやめていただかないと、宝の海が持ち腐れになる」とまで言っているのだ。

「あなたたちのためにならない」という国民への脅し

思い出すのは、沖縄県の基地問題で「名護市辺野古沖に移設しないと、米軍普天間飛行場(宜野湾市)に基地が固定されてしまう」という、政府の常套句だ。諫早湾問題も同じである。「政府の方針に従わないと、あなたたちのためにならない」という論法で、国民に脅しをかけているのだ。

こんなことが当たり前に行われるようになれば、誰も国を相手に訟なんか起こす気にならなくなるだろう。仮に国に勝訴したとしても、負けたはずの国が後から判決を覆すことも可能なら、誰も裁判を信頼できなくなるからだ。彼らの狙いはそこにある。

少し見渡してみれば、この10年余の自民党政権をめぐる話題はそんなことばかりだ。例えば「野党は批判ばかり」を国民に刷り込み「批判しない野党」を褒め上げることも、今騒ぎになっている、放送法の解釈変更によるテレビ報道への恫喝まがいの姿勢も、元をたどせば皆同じである。要は「政府(行政)から独立した立場で監視したり批判したりする立場の存在から徹底的に牙を抜き、政府のやりたい放題の状況を作り上げる」ということだ。その最たるものが、憲法改正による緊急事態条項の創設である。

こんな政治をいつまで続けるのか。諫早湾干拓問題の訴訟をめぐる歴史は、個別の政策課題を超えて、このように読むことも可能な話だということを指摘しておきたい。

image by: 首相官邸

尾中香尚里

プロフィール:尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト。1965年、福岡県生まれ。1988年毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長、川崎支局長、オピニオングループ編集委員などを経て、2019年9月に退社。新著「安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ」(集英社新書)、共著に「枝野幸男の真価」(毎日新聞出版)。

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