安倍晋三元総理「話せないことがあるんですよ」
安倍晋三元総理は北朝鮮による拉致問題をどのように進めようとしていたのだろうか。私には大きな疑問がある。安倍元総理と親しかった大臣経験者は、私の質問にこう答えた。「本当に解決したかったはずですよ」。一般論としてはそうだろう。私の疑問とは「解決」の内実である。
安倍晋三元総理にとって拉致問題の解決とは何だったのか。私は政府が帰国した5人の拉致被害者から聞き取り調査を行った報告書を分析し、 『北朝鮮 拉致問題 極秘文書から見える真実』(集英社新書、2022年) を出版した。じつは報告書には機微に触れる記述があるため、引用することを避けた部分がある。拉致被害者の生存に関わる分析だ。その報告書を安倍総理は何度も読んでいた。その前提で解決を求めていくのは、実際にはかなり困難な課題でもあった。確実な死亡情報もなければ、生存情報もないからだ。予算委員会で私が質問を終えたとき、安倍総理は「話せないことがあるんですよ」と声をかけてきたこともあった。それは何のことだったか。いまではわからないままだ。
安倍晋三元総理の心境はわからないにしても、北朝鮮側から2014年、15年に政府認定拉致被害者の田中実さんとラーメン店と施設の同僚で、拉致された可能性のある金田龍光さんの生存を伝達されたことは事実だ。北朝鮮が渡そうとした報告書には、田中さん、金田さんの生存情報以外には、2002年9月17日から変わらない横田めぐみさんたち「8人死亡」の内容が書かれていたようだ。外務省の担当者は「受け取っては危ない」と判断して、メモだけ取って帰国した。それが安倍晋三総理、菅義偉官房長官、岸田文雄外相(いずれも当時)に報告された。とくに菅官房長官が受け取り拒否に強硬で、安倍総理も同意した、という。生存情報は横田めぐみさんや田口八重子さんたちでなければ受け取れないのだ。
しかし小泉訪朝からすでに21年。福田康夫政権と安倍晋三政権の交渉で、北朝鮮側が拉致被害者の「再調査」を行っても、「8人死亡」はまったく変わらなかった。北朝鮮が被害者を厳格に管理していることは、帰国した被害者たちの聞き取り調査報告書を見ても明らかだ。日本政府にとって「再調査」とは、北朝鮮側に便宜的に与える時間と政治的判断なのだ。
「安倍氏関連本」には書かれていない、知られざる重要問題
安倍晋三元総理は拉致被害者について何を語っていたのか。それを解明することは、どこまで日朝交渉に本気であったのかだけではなく、岸田政権がこれから難関を打開する道がどこにあるかを明らかにすることにもなる。そのために『安倍晋三回顧録』(中央公論新社、2023年) 、岩田明子 『安倍晋三実録』(文藝春秋、2023年) 、西岡力・阿比留瑠比 『安倍晋三の歴史戦』(産経新聞出版、2023年) で拉致問題に関して書かれていること、書いていないこと、隠されたことなどを紹介することで、岸田政権に与えられた解題について分析していく。安倍元総理は、コロナ対策、「アベノミクス」、森友学園問題についてはじつに饒舌に語っているのだが、都合の悪いロシアとの北方領土問題や拉致問題では、本当のことを語っていない。この3冊に収録された北朝鮮問題への記述には、いまだ知られていない重要問題が隠されている──(つづく)
(この記事は、メルマガ『有田芳生の「酔醒漫録」』2023年6月30日号、同7月7日号、同7月14日号より、拉致問題に関する記事の一部を抜粋したものです。7月中に有田さんのメルマガをご登録いただきますと、この続きを含む有田さんのメルマガ7月分の全コンテンツを初月無料でお読みいただけます。この機会にぜひご登録ください)
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