中国では密輸で死刑。なぜ今ドイツは「大麻合法化」に舵を切ったのか?

 

それどころか、合法化を促進する政府は、健康被害には言及せず、メリットばかりを強調している。例えばマリファナの密輸や密売が減るとか、明瞭な管理が可能になるので製品の品質が保証され、吸引の際の健康上のリスクが減るとか、麻薬の問題から解放された警察や裁判所が他の任務に尽力できるとか…。

しかし、合法化で本当に闇市場がなくなるかどうか?麻薬の密輸・密売は、国際犯罪組織が背景にいる巨大ビジネスで、彼らがそう簡単に引き下がるはずもない。また、合法化と値下がりで吸引者が増えれば、交通事故や暴力沙汰が増加するかも知れず、つまり、政府が考えているように、警察や裁判所の仕事が減るかどうかも不明だ。

なお、メリットの一つとして、大麻の売上で消費税(付加価値税)が増えるという主張があったのには、心底驚いた。わざわざ18歳の若者までマリファナ吸引に引き込んでおいて、それで得た消費税を教育と保健のプロジェクトに注ぎ込むとは、まさに本末転倒の極致ではないか!

もちろん、皆がこれらの主張に納得しているわけでは決してなく、特に医療関係者は、今も強く反対している。それによれば、人間の脳が完成するのは25歳なので、早期の麻薬の使用は脳の正常な発育を妨げる可能性があるとか。また、精神分裂やうつ病発症との関係も指摘されている。

興味深かったのは、緑の党のオツデミア農業相が大麻合法化の理由を、「マリファナ摂取はすでに社会的現実である」としたこと。麻薬についてのこれまでの対策は、何十年にもわたってことごとく失敗しており、確かに今、麻薬蔓延は社会的現実だ。しかし、「広まってしまったから合法にしよう」というのが、真っ当な政治であるはずがない。

一方、アヘンの原料であるケシの産地は、アフガニスタン、パキスタン、イランの国境付近「黄金の三日月地帯」で、これがモルヒネやヘロインになる。ケシ栽培の中心地アフガニスタンでは、昨年、タリバン政府がその栽培を禁止する方針を定めたが、しかし、国連の発表によれば、同年のケシの栽培量は前年比で38%も増えた。そして、これも大量にヨーロッパに密輸されている。

さらに怖いのは、米国で出回っているフェンタニル。中国発、メキシコ経由の合成麻薬だが、米国政府の今年6月の発表では、過剰摂取による死亡者が年間11万人に達しているそうだ。しかし、現在の米国政府は、フェンタニルの流入を全く止められない。今や、欧米の自由諸国は、静かに自滅し始めている。自国民を麻薬から守っているのは、独裁国と言われている国のほうだ。

自由主義の先進国の中で、唯一、麻薬の蔓延を防げているのが日本だ。島国のメリットでもある。日頃、ドイツの治安の乱れを目の当たりにしている私は、日本の空港に着くたびに、税関、及び担当部署が水際の防波堤を今後も末長く保ってくれるようにと祈るような気持ちで、荷物を嗅ぎ回っている可愛い麻薬犬を見ている。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

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川口 マーン 惠美

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