急死の李克強元首相は本当に「日本への理解があるリーダー」だったのか?

 

李克強の経歴のなかで特に強調された功績

だが、二人の反目が党中央での合意形成が困難になるほど激しいものだったのか。また共産主義という価値観の枠を保てなくなるほど深刻だったかといえば、恐らくそうではなかったのだろう。

また実績という点でも、アンチ習政権の旗を背負わせられるほど際立ったものはなく、胡耀邦とは比較にならなかったこともある。

だが、それ以前の問題として、そもそも李本人は習と対決する人物として位置付けられることを望んだのだろうか。また習の方も李を徹底的に排除しようとしたのだろうか。疑問は残る。

少なくとも李の訃報を伝えたメディアの報道を見る限り、李の評価は高く、その名誉は党史に刻まれることになるのは明らかだ。

日本では昨年11月30日に死去した江沢民元中国共産党中央総書記のケースと比較されることが多いようだが、長い入院生活の後に世を去った江と、予定稿もないなか心臓発作で急死した李とではメディア(正確には党中央宣伝部だが)の対応が異なるのは当然だ。

李が心臓発作で亡くなった日は、たまたま政治局会議が北京で予定されていた。そのため早期の対応が可能だったが、そうでなければ第一報と訃報との間に時間差が生じていても不思議ではなかった。

結果、国民が注目する午後7時の中国中央テレビ(CCTV)『新聞聯播』は、「党中央、全国人民代表大会常務委員会、国務院、全国政治協商会議による李克強同志の訃報」(訃報)が12分14秒間にわたって流されたのである。

李が死に際して与えられたのは、「中国共産党の優秀な党員であり、長い試練に耐え忠誠を認められた共産主義の戦士であり、傑出したプロレタリアートの革命家であり、政治家、党と国家の卓越した領導者」という肩書だった。

江沢民は、「わが党、軍、各民族、人民が認める崇高な威光、人望のある卓越した領導者、偉大なマルクス主義者、傑出したプロレタリアートの革命家、政治家、軍事家、外交家、長い試練に耐えた共産主義の戦士、中国の特色ある社会主義の偉大な事業の傑出した領導者、党の第三世代の中央領導集団の核心、『三つの代表』重要思想の主要な創立者」である。

党中央総書記と党序列ナンバーツーという重みの差を考慮しても、決して李の扱いが低いわけではない。「新聞聯播」の番組の最後に流れる曲が、江沢民のときには流れず、李の場合にはいつも通りであった点を併せても、李を丁重に扱っていることは否定できない。

「訃報」の最後には、「李克強同志の逝去は、党と国家にとっての重大な損失である」と記述されている。

興味深かったのは、長々と紹介された李の経歴のなかで、多くの貧困層の就業問題や福祉を解決したなど、民生方面での功績が強調されていたことだ。

これは李が習と決定的な対立を望まなかったと考えられる点にも通じる話だが、これは「中国人で共産主義者」の李という以上に、現政権において価値のある評価なのだ。

李は貧しかった学生時代から現実的な考え方をする人物だったと評される。2008年に出版された『北大の精神』(中国出発集団出版)のなかで、1977年の大学受験に臨んだ当時の李が、志望校を書く欄に、地元の師範大学を最初に、二番目に北京大学を書いたというエピソードがあるが、結局、高校の恩師に強く推されて北京大学を受験したという話は象徴的だ。

つまり李は、与えられた職務を実直にこなす実務家であり、習の権力をうかがう野心家の役割を演じさせるには、少々無理がある人物だったのではないだろうか──(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2023年10月29日号より一部抜粋、続きはご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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