宮部みゆきの初期の代表作の一つ『火車』。サラ金やカードローンによる多重債務に苦しむ人々を描いたこのミステリー小説の文庫化に際し、解説を書いたのが評論家の佐高信さんです。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では、作品の中で弁護士が「クレジット・ローン破産=公害」と語る件りを紹介。佐高さんとの対談で、若い人や子供たちが教えられていないこととして、“世の中を動かしているもの”について宮部さんが話した言葉を伝えています。
「宮部みゆき」を好きな共産党委員長・田村智子
日本共産党の委員長となった田村智子と対談した。それは5月末に発行される『ZAITEN』7月号の「佐高信の賛否両論」で読んでほしいが、田村の好きな作家が宮部みゆきであると知って、私が宮部のベストセラー小説『火車』(新潮文庫)の解説を書いたことを思い出した。
1992年夏に出されたこの小説には「年間貸出額60兆円、個人の借金比率世界一のクレジット・カード王国日本。その結果の百万人とも言う破産予備軍。襲いかかる美味な“情報”に破れ、富の川を流されてゆく“生きている幽霊”の素顔!」と書かれたオビがついていた。
意志の弱い人間だけがそのローン地獄に落ちていくのか。自分の過去を消し、他人になろうとしてなりきれなかった女たちを描いて、この小説は哀切だった。
作中に登場する弁護士は「クレジット・ローン破産=公害」論を唱える。次々とサラ金から借りまくった多重債務者を人間的に欠陥があると決めつけるのは、たやすい。しかし、それは交通事故はすべてドライバーの責任というようなものだ、と弁護士は説く。それでは「おざなりな自動車行政や、安全性よりも見てくれと経済性ばかりにこだわって、次から次へとニューモデルを出してくる自動車業界の体質」は見逃される。
自動車事故において、「まともな人間なら事故など起こさない」とは言い切れないように、まともな人間ならローン地獄には落ちないとは言えないのである。
親が多重債務者となり、姿をくらましてしまったら、どうなるか。「自己破産」といった方法があることを知らない娘は、逃げても逃げても追ってくる取り立て屋の前に、ついに力尽きた…。夜逃げの前に、死ぬ前に、そして逆に、思いあまって人を殺す前に、破産を思い出せ、と弁護士は強調する。
ローン地獄に落ちる人など、自分とは無縁だと思っている人でも、『火車』を読めば、きっと、そうした人を身近に感じるだろう。そして、現代の日本にパックリと口をあけている、その地獄の淵の深さに戦慄するに違いない。
私は宮部と藤沢周平について対談したことがある。拙著『司馬遼太郎と藤沢周平』(光文社知恵の森文庫)に収録したが、彼女は、私が司馬と藤沢を対比させたことに「どきっ」としたらしい。田村によれば、志位和夫は宮部と同じく藤沢ファンだとか。この対談は色川大吉と私の対談などと共に「佐高信評伝選」には収録されていない。宮部との対談はかなり長いものだが、彼女はこう言っていた。
「今の世の中で、特に若い人や子供たちが教えられていないのは、結局世の中は理不尽が動かしているんだよってことだと思うんです。だからこそ、そのなかで、どれだけ自分の思いをとげて生きてゆくかが課題になる」
理不尽を知って、それを打破する努力を宮部も田村も、そして私も続けるのである。
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