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あの写真1枚で「トランプ勝ち確」とは言えぬ訳。バイデンの懸念、ヴァンスの思想…米大統領選 暗殺未遂の影響を整理する

ペンシルベニア州の選挙集会で演説中に狙撃され、耳を負傷したトランプ前大統領。紙一重で死をまぬがれたトランプ氏は、シークレットサービスに守られながらも右手を突き上げ支持者たちを大いに鼓舞した。そのあまりに印象的な絵面に「これで大統領選はトランプの勝ち確(勝利が確定)」との声もあがっている。だが、現段階でそう判断するのは時期尚早と指摘するのは米国在住作家の冷泉彰彦氏だ。今回の暗殺未遂事件はトランプ、バイデン両陣営にどのような影響を与えるのか?共和党の副大統領候補に決まったJ・D・ヴァンス上院議員の人物も含めて詳報する。(メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:トランプ暗殺未遂の影響を考える

トランプ狙撃のクルックス容疑者は本当にただの「いじめられっ子」だったのか

ドナルド・トランプ前米大統領は、2024年の大統領選における共和党の統一候補として氏名が確定している中、選挙戦を展開中でした。そのトランプが、13日の土曜日夕刻、ペンシルヴェニア州のバトラーの農場で行っていた「ラリー形式の演説会」でスピーチを始めた直後に狙撃されました。

トランプの警護を行っていたシークレットサービスは、その場で容疑者を射殺しています。その身元については、ペンシルヴェニア州ベセルパーク在住の20歳の男性、「トーマス・マシュー・クルックス(TMC)」であると発表されています。

現時点で公表されているのは、TMCは連射ライフル「AR-15」を使い、演壇の前大統領をめがけて狙撃した模様で、トランプは右耳を負傷したということ。また、観覧席にいた消防士の男性1人が死亡し、2人が重傷を負っていますが、この2名については容態は安定していると言われています。

さて、問題はこのTMCという容疑者の背後関係です。TMCは、犯行当時、身分証など身元が分かるIDを所持していませんでした。このため連邦捜査局(FBI)はDNAや顔認識技術を使って身元を特定したそうです。職業としては、地元の介護施設勤務だったと言われ、同僚の話では特に政治的傾向は感じられなかったということです。

多くのメディアが報じているのは、TMCが州の有権者登録記録には共和党支持者として登録していたということです。その一方で、2021年には左派系の「投票率向上プロジェクト」という団体に15ドルを寄付したという記録があるそうです。ただ、この団体のメーリングリストには一旦登録をした後に脱退しているということです。

TMCは、高校生のときから狩猟と射撃が趣味であったようです。高校では地味であり、どちらかというと「いじめられっ子」であったようです。

ただ、卒業式の際にはTMCが卒業証書を授与された際には、中程度の拍手が起きていたということですので、極端に攻撃対象になっていたとか、完全に孤立していたということではないと考えられます。

そんなわけで、今回の事件は「狩猟と銃のマニアで、いじめられっ子で、大学進学をしなかった20歳の若者が自己顕示欲など、全く非政治的な動機から凶行に及んだ」という説を唱えるメディアもあります。例えば、1981年のレーガン暗殺未遂犯の場合には、ある女優に異常に入れあげて、「大事件を起こせば振り返ってもらえる」と思い込んだのが動機ということですが、あの事件のようなカテゴリになるという説です。

この点については、現時点ではFBIが一切の情報リークをしていないので、不明ですが、恐らくTMCのスマホやネットアカウントの履歴を全部チェックすることができれば、判明するのは時間の問題と思われます。問題は、FBIが、ヒラリー・クリントンへの対応など、選挙期間中の情報開示には慎重になっていることで、もしかしたら今週の共和党大会中は情報は出てこないかもしれません。

いずれにしても、TMCに政治的動機があるのかどうかは、FBIが握っているデータ次第ということになりますので、こちらを待ちたいと思います。

クルックス容疑者は保守派?「右からのトランプ嫌悪」という見方

それとは別に、現時点での感触ということですと、やはりTMCのイデオロギーは保守化リベラルかと言うと保守であると思います。まずもって、有権者登録を共和党員として行っているというのは、重要です。

これに加えて、TMCの住んでいるベセルパークを含むアレゲニー郡というのは、かなり血の気の多い保守の風土という歴史を抱えているというストーリーがあります。今でこそ、ピッツバーグの郊外住宅地として静かなコミュニティであるベセルパークですが、アメリカ建国直後には大きな事件「ウィスキー内乱」というのを起こしています。

建国直後のジョージ・ワシントン政権は、ファイナンスした戦費の返済に困っており、財政は苦しい状態が続いていました。そこで当時、製造が流行していた「ウィスキー」に対する税を連邦税として課税することにしたのでした。建国の英雄であるワシントンとハミルトンの決断でしたが、これが大きな反発を買ったのでした。

特にワシントン自身などの大農場主よりも、小規模農場の課税率を高くしたことは一部で憤激を買うこととなり、特に、ペンシルベニア州の西部では反対派の集結が見られたのです。ベセルパークあたりはその中心でした。

これに対して、ハミルトンは強硬で、1万2千の軍隊が投入されました。政府軍と反乱側の規模の差が圧倒的なものとなった結果、戦闘らしい戦闘にはならず、代表者数十名が逮捕されるだけで事件は収束しています。結果的に、国家の分裂というような事態にはならず、今では昔話になっています。

ですが、政府の徴税権に武装蜂起で抵抗しようとした気質というのは、もしかしたらどこかでこの地域の人々の中には残っているかもしれません。もちろん、200年以上も前の話ですから、あくまでネタに過ぎないのですが、やはりTMCについては、全くの仮説ですが、

TMCはあくまで保守派であって、右からのトランプ嫌悪が動機

という可能性を感じます。具体的には、

「トランプが第一次政権の際にバラマキで財政規律を壊したことへの反発」

「トランプが中絶禁止の全国展開に消極的で、あくまで各州任せという姿勢への反発」

「軍事タカ派的な観点から、ロシア宥和政策への反発」

「全国一律の銃規制解除をやらないトランプへの反発」

というような主張に共鳴して、凶行に至った可能性が挙げられます。

暗殺未遂を奇貨に団結強めるトランプと共和党の不安

状況証拠としては、トランプと共和党の動きにやや不自然な点があります。

今回、本稿進行中の15日(月)からウィスコンシン州のミルウォーキーで共和党の全国大会が開催されるわけですが、トランプは軽傷であったこともあり、一切スケジュールは変えないとして、すでにミルウォーキー入りしています。

そのトランプは「今回の事件で自分のスピーチはほぼ全面的に書き換えることになった」としています。また、共和党大会には最後までトランプのライバルとして立ちはだかった「政敵」ニッキー・ヘイリーが、突如参加して登壇するという発表がありました。

一見すると、狙撃されても生き延びて拳を振り上げ「カリスマ性を倍増させた」トランプを前提に、共和党が団結を図っているように見えます。

ヘイリーなども、そのトランプの勢いを無視できなくなり、2028年の選挙への布石として「トランプとの、いやトランプ支持者との和解」に走ったように見えます。

ですが、もう一つのファクターとして、狙撃犯の動機が保守イデオロギーだったとしたら、これは共和党の団結が十分でないことの証明になってしまいます。

これを打ち消して、改めて共和党の団結を強く誇示しなくてはならないという、「緊急課題」が生まれた、だからこそ、トランプはミルウォーキーへ急ぎ、これを良い機会としてヘイリーはトランプとの「手打ち」に走った、というストーリーも描けるように思います。

ただ、この「狙撃犯の背景が保守」であるかどうかというのは、とりあえず共和党の団結ということを大きく左右することにはならないようです。

「強運とタフネスのトランプ」というイメージが圧倒的に確立されたこと、そのイメージが新鮮なうちに共和党全国大会があるというさらに強運が重なって、とりあえず共和党とトランプは蜜月を深くして戦闘態勢を強化するということには変わりはないからです。

「あの写真」1枚でトランプ勝利を確信するのは時期尚早だ

さて、現時点で困っているのは民主党の方です。とにかく「血を流しながら拳を振り上げる」トランプのイメージは圧倒的であり、高齢不安が日に日に増しているバイデン大統領との差は大きく開く一方です。

かといって、トランプが元気一杯で共和党全国大会で「党の団結」を歌い上げている一方で、この間ずっと引きずっていた「候補の差し替え」をやるというのも、タイミングが悪いと言えます。

では、トランプ暗殺未遂を受けて、大統領執務室から国民に語りかけたバイデンが「対立から和解へ」というスローガンを浸透させて支持を確保できるかというと、これも可能性は大きくはありません。この演説でも「元大統領」というところを、「元トランプ」と言ってみたり、危なっかしさには変わりはないということもあります。

ちなみに、ジョンソン下院議長などは、バイデンが選挙演説で叫んだ「トランプこそ脅威だ」という「言葉の選び方」が分断を煽ったとして、双方に冷静になれと言いつつ、バイデンを批判しています。

TVは意外とこのジョンソン発言を繰り返し報じていますし、バイデン政権の対応にはこの辺を「気にしている」という気配は強くあります。

ですが、それも今回の事件で大きく変わることはないように思います。と言いますか、今回の事件で確かにトランプのカリスマ性は高まったと思います。ですが、これで選挙の大勢が固まったというのは時期尚早です。3点指摘しておきたいと思います。

1つは、トランプの中道派や無党派層への浸透は、決して簡単ではないということです。どう考えても、トランプの姿勢や世界観というのは、受け入れていない人にはハードルは高いわけで、「拳を突き上げる」写真の説得力があったからといって、これでトランプ票に上乗せがされるというのは、かなり限定的な話だと思います。

2つ目に民主党の事情ですが、これは変わらないと思います。トランプの再選は許せないという立場も、一方で日に日に危なっかしくなっているバイデンをハリスに差し替えたほうが良いという意見も、今回の事件で大きく変化するものではないということです。

3つ目は、時間の経過です。今はトランプ暗殺未遂の余韻が濃厚ですが、時間とともに印象は薄れていきます。また、TMCの政治思想が明らかになれば(FBIは70%のデータを解明したと言っています)また事件の印象は変化してゆくでしょう。その一方で、共和党全国大会が終われば、今度は1ヶ月後の民主党の全国大会が焦点になっていきます。

トランプの副大統領候補がヴァンス上院議員に決まった意味

ということなのですが、ここで急遽、大きなニュースが飛び込んできました。トランプの副大統領候補が決定したのです。すでに「最終候補」として3名が発表されていたのですが、その中のダーガム・ノースダコタ知事、ルビオ上院議員は「自分には声はかからなかった」と表明していました。

もしかしたらサプライズの人選があるかもという憶測もあったのですが、結局は「最終候補の3人目」つまり、オハイオ選出のJ・D・ヴァンス上院議員が指名されました。

ヴァンス議員ですが、そもそもはアパラチア山系の貧困地区で育った自分の半生を『ヒルベリー・エレジー』というタイトルで書いている人です。

本書は、「忘れられた白人層」を描いた内容が話題となり、特に2016年にトランプが当選した際には、この「ヒルベリー」という人々の怨念が当選を後押ししたというような解説がされてベストセラーになったのでした。

ヴァンス議員自身は、海兵隊に入って奨学金を得て、その後は高い教育を受けることで「貧しいヒルベリー」から脱出したわけですが、その「ヒルベリーの魂」を大事にしているということで、本が高い関心を呼んだのでした。

元々は民主党支持者ですし、真面目に軍務を努めて真面目に勉強した常識的な人だと思います。

ただ、自分の半生記が「トランプ当選」と関係があるという読まれ方をする中で、彼なら大衆の心がわかるというような待望論が出てくるようになり、それに乗っかる格好で連邦上院議員になったのでした。

政治活動にあたっては、かなり意識してトランプ派的な言動を増やすようにしていたのを記憶しています。ですが、中身は常識人で、なおかつ知識人だと思います。

恐らくは、中西部の香りを濃厚に持ちつつ、またトランプ派の過激な保守言動にも十分に付き合ってくれる一方で、東部や太平洋岸の無党派層にも反発を受けないということで、選ばれたのだと思います。

トランプは、前回のペンス副大統領が最終的には「バイデン当選」の手続きに協力して「自分を裏切った」ので、今度は「絶対に裏切らない人物」を副大統領候補にすると言っていました。

ですが、著書から判断する限りは、ヴァンス議員の「中の人」は、相当なレベルの常識を持っており、狂信的な右派思想と心中するかどうかは分かりません。

ヴァンス氏の「若さ」が民主党とバイデンを追い詰めるか

それはともかく、上院選の選挙運動や、議会での活動においては、優秀な頭脳をしっかり「極右レトリック」の展開に使っており、今後の選挙運動では活躍する可能性はあると思います。この8月に40歳になるということで、年齢的に若いのも強みで、トランプとのコンビでは、一気に平均年齢の若さを見せつけることでしょう。

いずれにしても、今回の「ヴァンス指名」で、共和党全国大会は盛り上がると思います。同時にこのヴァンス氏の「若さ」というのは、民主党に対する非常に厳しい攻撃になります。現時点でヴァンス+トランプの平均年齢は58.5歳ですが、バイデン+ハリスの平均は70と大きな差がついた格好になるからです。

現時点では、共和党の全国大会は始まったばかりで、副大統領候補が発表されただけです。その反響も、まだというのが現状です。ただ、一つ言えるのは、これで共和党がどのような戦闘態勢を取るようになったのかは、ほぼ見えてきたということです。

保守ブランドに極右フレーバーを加え、トランプ式のポピュリズムを乗せている中で、可能な限り中道票にリーチしようという姿勢は明らかだからです。また、ヴァンス氏の若さを通じて、若い世代への浸透も企図されていると思われます。

そんな中、自分たちの全国大会まで残り1ヶ月となった民主党の動向が、何と言っても注目されます。

※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2024年7月16日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。トランプ候補暗殺未遂事件であらためてクローズアップされている「アメリカのシークレット・サービス」に関する記事もすぐ読めます

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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