有権者の15%を意のままに操るアポロ・キボロイ
で、この時、教団を挙げてボンボン・マルコスとサラ・ドゥテルテを支援したのが、そう、アポロ・キボロイでした。キボロイは2人への全面支援を宣言し、航空機やヘリの無償提供を始め、あらゆるバックアップに尽力しました。しかし、何よりの支援は、400万人を超える国内の信者でした。冒頭でフィリピンの人口は約1億1,600万人と書きましたが、フィリピンは日本と違って未成年者が多い国なので、有権者は人口の半数の,6000万人ほどしかいません。
しかし、そのうちの15%に当たる400万人が、キボロイの指示通りに動く洗脳信者なのです。これは得票数としても選挙の支援としても大きな力です。そして、その結果、ボンボン・マルコスとサラ・ドゥテルテの2人は対立候補にダブルスコアで圧勝したのです。
この結果を誰よりも喜んだのが、米FBIから指名手配されているアポロ・キボロイでした。選挙後の2022年6月19日、サラ・ドゥテルテの副大統領就任宣誓式に「宗教指導者」として招待されたキボロイは、これでまだまだ自分も教団も安泰だと胸を撫で下ろしたのです。しかし、悪事はいつまでも続かないもので、アポロ・キボロイに捜査の手が及ぶキッカケとなったのが、彼の教団「イエス・キリストの王国」がフィリピン国内で洗脳信者を増やすために運営しているテレビ局「ソンシャイン・メディア・ネットワーク・インターナショナル(SMNI)」の番組でした。
自分の娘のサラ・ドゥテルテがトップに立つ副大統領府の機密費が不正流用されていると追及していた野党の女性議員にムカついていたロドリゴ・ドゥテルテ前大統領は、2023年10月、自分が定期的に出演していた教団の番組内で、この女性議員の名前を挙げて「私はお前ら共産主義者を皆殺しにしたい!」と現役時代さながらの暴言を発射したのです。そして、返す刀で「そもそも下院自体が腐った組織なのだ!ロムアルデスを監査してみろ!」と無差別攻撃を繰り出しました。
ドゥテルテ前大統領によると、下院のマーティン・ロムアルデス議長こそが、公金を私的に不正流用している悪の根幹だというのです。この発言が波紋を呼び、翌11月の同番組には、この発言を立証するためにドゥテルテ前大統領の政権時代の高官らが出演させられました。すると高官らは「下院のロムアルデス議長は外遊の時に18億ペソ(約48億円)も私的に支出した」と証言し、ロムアルデス議長を批判したのです。
しかし、これが地雷でした。フィリピン議会の下院はマルコス派のホームグラウンドであり、このマーティン・ロムアルデス議長はボンボン・マルコス大統領の従兄弟(いとこ)だったのです。もちろんドゥテルテ前大統領はそれを知っていましたが、自分の娘への追及を回避するためには「そんなの関係ねえ!」でした。
ま、それでも不正が事実なら追及すべきですが、そこは「フィリピンのトランプ」と呼ばれたドゥテルテ前大統領です。当然、ちゃんと調べてから発言したのではなく、ちょっと小耳に挟んだ「不法移民がペットの犬や猫を殺して食ってる!」みたいな真偽不明の噂話を垂れ流しちゃったのです。そして、今さら後に引けなくなり、かつての自分の部下たちに番組内で嘘の証言をさせたのです。
結局、下院では徹底した調査が行なわれ、ロムアルデス議長の外遊時の実際の支出額は、3,960万ペソ(約1億600万円)だったと分かりました。これは一般的な支出額であり、不正流用の事実は見つかりませんでした。この結果に激怒した下院のマルコス派は、嘘の証言をした元高官らを厳しく追及し、議会侮辱罪で身柄を拘束しました。
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