加害者も被害者もほとんどが中国人。なぜミャンマー国際詐欺事件の摘発劇に「タイ警察」が積極的に動いたのか?

 

犯罪組織に備わっている強力なリカバリー力

だが、一方では加害者も被害者もほとんどが中国人という事件の特徴を考えれば、中国公安との連携が不可欠であることも、否定できない。

つまり、詐欺集団の拠点がミャンマーやラオスに置かれていたとしても、結局のところ犯罪は中国人が中国人を狙うパターンがほとんどで、詐取された金も、多くは中国人の間を移動しているに過ぎないのだ。

余談だが、この構図はいま中国人観光客をめぐるビジネスにも見られる。とくに日本では、中国人オーナーが経営する店に大量の中国人観光客がカネを落とすシステムが目立って増えている。

中国人による不動産の取得や宿泊施設への投資が増えているが、それはたいてい中国人をターゲットにしたビジネスなのだ。

さて、特殊詐欺の拠点が東南アジアにある問題に話を戻せば、ミャンマーがそのターゲットになり、中国当局がそれを問題視し始めたのは2023年7月のことだ。

そのとき拠点が集中していたのはミャンマーの北部だった。

中国の公安機関はミャンマーの法執行機関と協力して、そのころ通信ネットワーク詐欺犯罪グループとして名を馳せていた「四大ファミリー」をほぼ壊滅状態にまで追い込んだとされている。

このときの掃討作戦が、後の「星星事件」に見られる誘拐という手法でのリクルートへとつながってしまったのは皮肉な結果としか言いようがない。

たちまち「人手不足」に陥った犯罪組織があの手この手で人を集め始めたのだ。

その手法は、就職難に苦しむ学生に狙いをつけて北京や上海に構えたオフィスで数カ月働かせた後に「海外転勤」と称してミャンマーやラオスにおびき出すパターンや、高額報酬をうたった出稼ぎ労働の誘いだった。

それが巧妙化するなか、無料の海外旅行の当選を誘い文句にするケースや映画の撮影という依頼で、フリーランスの人々を誘い出すやり方に広がっていったのだ。冒頭に触れた星星さんや撮影技師、モデルは典型的なケースだ。

今回の摘発劇でタイが主要な舞台になったのは、被害者を誘い出すのにいきなりミャンマーやラオスでは警戒されてしまうため、中継地としてのタイの有用性が認められたためと考えられている。

23年の犯罪グループ掃討作戦から今回に至る流れを見ていて分かることは、犯罪組織にはリカバリー力が備わっているということだ。

どんな犯罪にも共通していることだが、大金が入ることが見込めるのであれば、犯罪者はリスクを恐れずそこに蝟集する。それはつまり、大金を騙し取られる被害者がいる限り犯罪はなくならないということだ。

トランプが大統領に返り咲き、中国をフェンタニル問題で非難したとき、中国は「それはアメリカの国内問題」と反論した。それは、アメリカが薬物中毒者や密売人を徹底的に取り締まらない限り、犯罪集団は次々に現れるということだ。

ただ、理屈は分かっていてもオレオレ詐欺のような犯罪では、元を断つことも簡単ではないのだ。

(『富坂聰の「目からうろこの中国解説」』2025年3月2日号より。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をご登録ください)

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1964年、愛知県生まれ。拓殖大学海外事情研究所教授。ジャーナリスト。北京大学中文系中退。『週刊ポスト』、『週刊文春』記者を経て独立。1994年、第一回21世紀国際ノンフィクション大賞(現在の小学館ノンフィクション大賞)優秀作を「龍の『伝人』たち」で受賞。著書には「中国の地下経済」「中国人民解放軍の内幕」(ともに文春新書)、「中国マネーの正体」(PHPビジネス新書)、「習近平と中国の終焉」(角川SSC新書)、「間違いだらけの対中国戦略」(新人物往来社)、「中国という大難」(新潮文庫)、「中国の論点」(角川Oneテーマ21)、「トランプVS習近平」(角川書店)、「中国がいつまでたっても崩壊しない7つの理由」や「反中亡国論」(ビジネス社)がある。

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