総裁選で連呼してきた公約を次々と反故にし始めた首相
あたしは、このトンデモ公認の責任は、すべて石破首相にあると思っています。それを証明するために、時計の針を5カ月ほど巻き戻し、昨年10月の衆院選での自民党の当時の対応を確認してみたいと思います。
昨年9月27日、自民党総裁選の決選投票で「女性の着ぐるみを着た安倍晋三」こと高市早苗氏を破って総裁の座に就いた「焦げたアンパンマン」こと石破茂氏は、国民の信を得ずに自動的に日本の首相になったとたん、総裁選で連呼して来た公約を次々と反故にし始めました。そんな石破首相の「手のひら返し」の第1弾が「解散総選挙」でした。皆さん、覚えてますよね?
総裁選の間、とにかくすぐにでも解散総選挙を行なうと主張していた小泉進次郎氏に対し、石破氏は「まずは予算委員会で野党と議論を尽くし、国民に判断材料を提供するのが新首相の責任だ。解散総選挙はその後だ」と反論していました。それなのに、嗚呼それなのに、それなのに…というわけで、石破氏は自分が首相になったとたん、戦後最速のマッハのスピードで解散総選挙を行なったのです。そして、自民党のセンターに立つ石破首相は「石破のことは嫌いになっても自民党のことは嫌いにならないでね♪」と心の中でつぶやいたのです。
ま、すべては森山幹事長の差し金でしたが、これには多くの国民がポカーンとしてしまいました。そして、自民党は大方の予想通りの大惨敗で、自公は衆院の過半数を割ってしまいました。石破首相は森山幹事長の言いなりに動いただけなのに、この責任をすべて背負わされ、石破政権は苦しい船出となりました。でも、今回再確認すべきは「衆院選の結果」ではなく「衆院選の前」なのです。
前任の岸田文雄氏が昨年9月の総裁選への出馬を辞退したのは、統一教会問題に続いて裏金問題が発覚し、あまりの規模の大きさから収拾がつかなくなり、内閣支持率も危険水域の20%台にまで落ち込んだからです。ようするに、実質的には「裏金問題による引責辞任」のような形でした。そして、その流れから石破氏が総裁に選ばれ、首相になり、解散総選挙に突入したのですから、国民の目が「裏金議員の処遇」に向くのは当然です。
すると石破首相は、山ほどいる裏金議員のうち「上位6人を非公認とする」と発表したのです。これまた多くの国民がポカーンです。そして、一拍おいて全国から大ブーイングが巻き起こると、石破首相は大慌てで「あと6人を追加で非公認とする」と発表しました。でも、その6人顔ぶれを見てみると、すでに裏金問題の責任を取って「今回は出馬しない」と発表していた越智隆雄氏が入っていたのです。ようするに、党として厳しい処分を下したように見せるために、出馬しない議員を利用して水増ししたのです。何というセコさ!
結局、石破首相は、裏金議員のうち、出馬しない越智隆雄氏を含めた12人を非公認とし、その他43人は公認した上で比例重複を認めないという処分を決めました。つまり、この43人は、これまでのように「小選挙区で落選したけど比例でゾンビ復活」という甘利明氏のような保険がなくなったわけです。多くの国民は裏金議員全員を非公認にしないと納得できなかったと思いますが、これが石破首相にできる精一杯だったのです。
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