我が国ではもはや既成事実のように語られ扱われている「台湾有事は日本有事」という言説。一部メディアでも盛んに喧伝されていますが、識者はこれをどう見ているのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、そもそも「台湾有事」自体が起こり得るか否かを考察。さらに日本政府にもっとも求められる外交努力を提示しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/メルマガ原題:米日タカ派の「台湾有事は日本有事」の煽動に騙されるな/米議会調査局レポートの落ち着いた分析に注目!
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
騙されてはいけない米日タカ派による煽動。そもそも「台湾有事」は起きるか
米日タカ派の「台湾有事は日本有事」の煽動に騙されるな/米議会調査局レポートの落ち着いた分析に注目!
日本では今なお、「2027年にも中国が台湾を軍事制圧する」との根拠のない憶測が罷り通り、しかもその「台湾有事」は自動的に「日本有事」に波及するので米日両軍は台湾防衛に介入するのはもはや必然であるかの議論まで横行している。
会員制月刊誌『選択』8月号の「日本が背負う『台湾防衛』の重荷/有事の『参戦』を要求する米国」という記事の見出しもその典型だが、このように台湾海峡での戦争を煽って台湾のみならず日本にも米国製の高額兵器を際限もなく買わせようとする米軍産複合体の策謀に、メディアや専門家と称する人たちまでが踊らされている様は見るに堪えないものがある。
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米国で普通に行われている「至って落ち着いた」真面目な議論
そもそも米国においても、台湾海峡で戦争が起きてほしい――あるいは、起きても構わないから危機をギリギリまで煽って金儲けをしたいなどという不謹慎なことを考えているのは、軍需産業とその手先の国防族のタカ派議員、多額の寄付を受けている右派シンクタンクの研究者やお仲間の評論家など、全体から見れば極く一部にすぎない。
トランプ大統領でさえも、ほどほどの煽りで金儲けはしたいが本気で戦争するのはイヤだという程度の、腰のひけ具合であって、上記の雑誌のタイトルのように、「米国」が一枚岩となって日本に台湾への軍事介入を要求しているかに描くのは間違いである。
米国で普通に行われている真面目な議論は、至って落ち着いたもので、その一例は、米議会調査局の7月25日付のレポート「台湾:防衛と軍事の問題」で、筆者は「民主主義防衛財団」のアジアの安全保障や中国問題の専門家=ケイトリン・キャンベルである。
まず、第1に、彼女は、流布されてきた「27年に中国が台湾侵攻」説にやんわりと釘を刺す。
周知のように、その説が急浮上したのは、2021年3月9日に退任間際のデービッドソン=米インド太平洋軍司令官が議会証言に立ち、「〔習近平の〕野心の目標の1つが台湾であることは間違いなく、〔そのことは〕実際には今後6年のうちに明らかになると思う」と述べ、さらに彼の後任となるアキリーノ新司令官が3月23日、指名を受けるための公聴会で、「中国は台湾に対する支配権を取り戻すことを最優先課題と位置付けており、この問題は大方が考えているよりも間近に迫っている。我々は受けて立たなけれならない」と後追いしたためである。
「6年後、ということは2027年か?」と大騒動になったが、やがて司令官たちの根拠は「その年に習近平が4選を目指している」とか「人民解放軍創建100周年の節目だから」とかいう与太話に過ぎなかったことが判明し、一旦は収まった。
しかし、その2年後の23年2月2日にバーンズCIA長官が講演の中で、「米政府の機密情報として、習近平が27年までに台湾侵攻を成功させる準備を整えるよう、軍に指示を出した」と明言、「やっぱり本当だったのか」と不安を再燃させたのだったが、これについてキャンベルのレポートは「バーンズがこれを言ったのは、軍事能力〔整備〕の目標としてであって、必ずしも習が戦争を始める意図を示したものではない」と、誤解の余地がないようはっきりさせている。
メディアが飢えた野犬の群れのように“危機ネタ”という餌を求めて唸り声を上げている中では、こういうことをいちいち噛んで含めるように正確に吟味しておくことが大事なのだ。
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中国にとっての「グレーゾーン作戦」の戦略的な意味合い
第2に、日本でも頻々と報道される、中国軍の台湾周辺での活発な軍事行動をどう評価するかという問題がある。
頻繁な軍事演習、ほぼ毎日のように行われる台湾近辺でのパトロール、22年以前はほとんど行われることのなかった台湾海峡のいわゆる「中間線」の戦闘機による侵犯、サイバー作戦、金門島周辺での警察活動の強化などは、キャンベルの定義では「グレーゾーン活動」とされる。
何がグレーなのかと言えば、台湾側にしてみれば、その度ごとにそれが本格的な攻撃のための準備行動なのか、そのための単なる訓練なのか、あるいはまた台湾側の反応を見るための情報収集活動なのか等々を見極めつつ対処しなければならず、そのために台湾軍が常時待機し必要に応じて作戦行動を取らなければならない負担は多大なものがある。
しかし、彼女がこれをグレーゾーンと呼ぶ理由はそれだけではない。中国にとってのグレーゾーン作戦の戦略的な意味合いは、軍事的よりもむしろ政治的なところにあるのではないか。つまり、繰り返しこうした威嚇行動をとることで、台湾市民の間に台湾軍の力でこれを跳ね返すことは無理だという諦めを抱かせ、中国の言うところの平和的統一に屈するしかないのかと思わせる政治的・心理的圧力をかけることが狙いなのではないか。
考えてみれば当然で、もし大規模な戦闘になれば米中という2大核保有国の戦争になりかねないので、中国もそのリスクは避けたいのである。
そうだとすると、中国軍の台湾周辺や尖閣界隈から東・南シナ海にかけての活発な活動は、もっぱら今にも侵略の危機が切迫している証拠として軍事的にのみ語られがちなのであるけれども、中国側から見るとそうではなくて、むしろ逆に戦争を避けて「平和的統一」に持って行くための政治的な布石という意味もあるのだということになる。
いや、もちろん、後者の意味だけだと決め込んで警戒を解除していいことにはならない。軍事的と政治的の境目はそもそもグラデーションであって、だからこそ「グレーゾーン」と捉えて柔軟に対応し、戦争にならないように政治的に物事を解決することが必要になるのである。
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「日本をたぶらかし手玉に取る」という米国の思惑
言うまでもなく、1979年の台湾との断交に伴って成立した米「台湾関係法」によって、米国は、台湾が十分な自主防衛能力を維持することが出来るだけの量の軍事物資及び軍事サービスを提供することが規定された。同法は、米国に台湾防衛の義務があるとは言っていないが、台湾防衛に必要な軍事能力を維持しることを謳っていて、そこにいわゆる「戦略的曖昧さ」が宿る。
米国の一部には、増大する中国の脅威に対抗するには、もっと公式的で明確な台湾防衛へのコミットメントが必要だとする見解があるが、「戦略的曖昧さ」を維持すべきだとする主流派は、中台双方に自制を求めつつ、台湾が防衛力強化に励むことを促すというこれまでの政策を続けるとしている。
その観点からキャンベルが示唆する第3のポイントは、歴代の米政権がとってきた「非対称的」防衛戦略(「ハリネズミ」防衛戦略とも呼ばれてきた)を継続することである。
これは、中国軍が簡単には台湾を支配し併呑することが出来ないようにすることを目標とするもので、具体的には、対艦ミサイル、機雷その他の小型で移動しやすく、相対的に安価な兵器の組み合わせで中国の水陸両用部隊による上陸侵攻作戦を封じることを主眼とする。
台湾政府はこの方策を一応是としてきたが、台湾軍部にはもっと本格的なジェット戦闘機や大型軍艦が必要だとする議論もある。しかし、台湾海峡で戦争が起きた場合に米国が台湾を支援するのかどうか、支援するとしてもどのように、そしてどれほどの期間にわたって支援するのかは実ははっきりしていない、と彼女は指摘する。
ここが重要なところで、本当を言うと米国自身がどこまで台湾防衛にコミットするのかを長い間、決めかねていて、それにもかかわらず愚鈍な日本をたぶらかして高額武器を買わせたり、米軍の負担を一部でも肩代わりさせようと手玉に取ろうとしているのである。
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何よりも重要な「台湾有事」を起こさせない外交努力
本誌が繰り返し主張してきたように、「台湾有事は日本有事」ではない。
台湾有事が仮に起きたとして、それは中国の内戦であり、誰にせよそれに軍事力を以て介入すれば国際法上、「侵略」になる。しかも、米中は共に相手に向かって大陸間弾道弾を突きつけあっている核保有国同士であり、局地的な戦争どころか偶発的な衝突でさえも世界を破滅させる核戦争に繋がりかねないリスクを予め確実に除去して戦争を始めることは不可能である。
その二重の理由によって米国は、台湾有事に本格介入することを躊躇わざるを得ない。だから“口先抑止”だけに留まる「戦略的曖昧さ」を続けるしかないのである。つまり「台湾有事は米国有事」だと確定しているわけではない。
他方、台湾は米国の全面的な参戦・支援なしに中国軍と戦うことは出来ないので、米国から明確な約束を取り付けることなしに自分の方から「独立」を言い出して、わざわざ中国の軍事侵攻を招くことはしない。
中国は、台湾が「独立」を宣言し、領土の重要な一部を失陥する事態に至った場合にのみ、米中の核を含む軍事的対決となるリスクを冒しても武力行使に出るのであり、従って台湾有事は起こらない。
しかし仮に台湾が無謀にも「独立」を宣言し、米国が大胆にも核戦争覚悟で介入した場合は、中国は日本はじめ極東のすべての米軍の出撃拠点に短・中距離ミサイルの雨を降らすので、自衛隊がノコノコ出て行く行かないに拘らず、自動的に「日本有事」になる。
米軍の尻に付いて出て行けば、もちろん対外侵略を禁じた憲法への違反である。だから「台湾有事は日本有事」は破滅の道であり、そうならないよう台湾有事そのものを絶対的に起こさせない外交努力だけが日本の採り得る方策となる。
自分の頭で考えずに「台湾有事は日本有事」という馬鹿話に浮かれていると地獄に堕ちることになるのである。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年8月4号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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