トランプ発言を交渉のカードとして用いるつもりのロシア
とはいえ、当の中国も核兵器の生産に使われる高濃縮ウランやプルトニウムといった核分裂性物質の生産を禁止することを目的とした【核兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT、カットオフ条約)】の詳細な内容を決めるための交渉の開始に賛同しておらず(一応、公の場合には交渉の早期開始に前向きな発言をしていますが、行動に結びついていません)、今でも不透明な形での核戦力の急速な増強が進められていると思われ、それが核軍縮に向けた国際的な動きを逆行させるきっかけになっているものと考えます。
ゆえに、中国の非難は果たしてアメリカの突然の核実験再開に向いているのか、それとも米中関係の緊張をアピールするだけなのかは読み切れないところなのですが、2026年にはアジア太平洋地域における軍事バランスにおいて、中国の軍事力がアメリカのそれを上回ることがほぼ確実と言われている中、その成否を占う“核兵器のプレゼンスを通しての優位性”に影響を与えかねないことに対して懸念を表明しているのではないかと見ています。
ただ、トランプ大統領による突然の宣言は、確実に国際情勢の安定を根本から揺るがすものであり、ただでさえ不安定極まりない状況に大きな衝撃を与え、核保有国同士の緊張の高まりを再び意識させる事態に発展しています。
その典型例がロシアの反応です。プーチン大統領とロシアは、トランプ大統領の突然の発言の真意は計りかねているようですが、中国とはまた違った形でアメリカ政府に対して警告を発しています。
プーチン大統領の談話として「アメリカによる核実験の即時再開宣言については、国際的な平和と安定を根本から覆す信じがたいことであると考えるが、もしアメリカが本気なのであれば、ロシアもそれに対応する必要があることを明確に示す」という内容が語られ、トランプ大統領の発言の真意と中身について探りを入れる構えを見せていますが、米ロ間の新START(新戦略兵器削減条約)の期限が来年2月に迫るタイミングでこのような話が出てきたことによって「アメリカはロシアと核で再度対峙するつもりか?」との疑念が強まったと言われていますが、もちろんロシアはこれを上手に交渉のカードとして用いるつもりのようです。
ロシアと言えば、ウクライナへの侵攻から3年半以上が経ちますが、戦況の節目で核兵器使用の脅威を交渉カードとして提示し、欧州各国とアメリカがフルにウクライナにコミットすることを思いとどまらせる戦略を続けていますが、そこにロシアによる核実験の即時再開の“可能性”という対抗カードを加えることでウクライナはもちろん、その背後にいるNATO諸国に対して、さらなるプレッシャーをかけることができる状況を獲得したとも言えます。
ただ、自国の勢力圏においてカギとなる国と位置付けるカザフスタンをあまり刺激して、欧米側に傾かないための配慮は欠かさず、アメリカに対抗して核実験の即時再開を考慮すると発言した後すぐにトカエフ大統領に「ロシアはカザフスタンのセミパラチンスク実験場で行った旧ソ連の核実験の悲劇と責任を決して忘れてはおらず、あのような実験を再開する意図はない」と伝え、カザフスタンの非難と懸念の矛先をロシアではなく、アメリカに向けさせるための策もしっかりと練っているようです。
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