習近平政権が理解できていない日本の安全保障政策と世論
むろんこの反応は、「反日教育」を受けてきた中国国民の複雑な心理の裏返しでもあろう。
中国は1840年のアヘン戦争以降、欧米列強と日本による侵略・分割・干渉を受ける苦難の歴史をたどった。それは、中国共産党が「百年国恥」と呼ぶ、いわば国家の“トラウマ”だ。
日中国交正常化が実現した1972年、中国はまだ貧しく、文化大革命の混乱が続いていた。日本政府は、戦前・戦中の反省をもとに、「中国の近代化を支援することがアジアの安定につながる」として、巨額の経済協力を開始する。
1978年から鄧小平が開始した改革開放によって、「巨大な中国市場」に期待する日本企業の大規模進出が始まる。それから半世紀が過ぎ、中国は驚異的な成長を遂げ、世界第2位の経済大国にのしあがった。
ところが、中国は日本の経済援助に感謝するどころか、1990年代以降、「反日教育」を徹底し、歴史問題・領土問題で対日圧力を強めている。「日本は残虐な侵略国家である」「日本は信用できない」。反日教育と経済成長期の対日観が複雑に混ざり合い、アンビバレントな感情を抱く人々もいるだろう。
一方、日本国内には、支援した相手に脅かされる理不尽な構図への失望と反発が広がった。中国批判を軸とするネット論壇が活発化し、親中派を「売国奴」と一部のネット民が罵る現象も起きた。こうした時代を背景に登場したのが安倍元首相であり、その路線を最も忠実に受け継ぐ政治家が高市首相だ。
中国の狙いは明確だ。高市首相の発言を「極右の暴走」として国内外に喧伝し、「台湾有事は日本有事」という認識を封じ込める。野党の反応、メディアの批判を“増幅”し、「台湾問題に関わると政治的リスクが大きい」という空気をつくり出す。つまり、中国が好む「認知領域」の戦いである。
しかし、中国からの圧力が強まれば強まるほど、日本社会には安全保障への危機感が浸透し、「台湾有事は日本有事」という認識が従来以上に共有されていく可能性が高い。
政府主導の歴史教育やナショナル・ナラティブが浸透した中国の感情構造を日本人がつかみきれないのと同じく、習近平指導部もまた、日本の安全保障政策と世論についての理解が十分とはいえない。大災害時の対応で示されたように、日本人は、いざ本物の危機を前にすれば、意外なほど迅速に人心がまとまり、政治も一気に方向を定める傾向がある。
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