日本の「デジタル後進国」という状況が改善されないまま、2025年の世界デジタル競争力ランキングで日本は69カ国中30位、アジアでも6位という厳しい結果となりました。さらに今年は証券口座への不正アクセスやアサヒグループHD、アスクルへの大規模ランサムウェア攻撃など、日本のデジタル脆弱性が次々と露呈しています。こうした中、自民党は「インテリジェンス戦略本部」を立ち上げ、国家情報局の創設やスパイ防止法の制定に向けて動き出しました。今回のメルマガ『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中』では著者である辻野さんが、デジタル強国への道のりの険しさと、インテリジェンス強化における慎重な議論の必要性について鋭く分析しています。
※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:日本のデジタル脆弱性とインテリジェンスの必要性
プロフィール:辻野晃一郎(つじの・こういちろう)
福岡県生まれ新潟県育ち。84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了しソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社しアレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長。また、2022年6月よりSMBC日興証券社外取締役。
日本のデジタル脆弱性とインテリジェンスの必要性
我が国が「デジタル後進国」というレッテルを意識するようになって久しいですが、その汚名を返上するレベルにはなかなか到達できずにいます。
スイスに本部がある国際経営開発研究所(IMD)が11月4日に発表した「世界デジタル競争力ランキング2025」によると、日本は、対象とされた69の国・地域中30位で、1位はスイス、2位は米国、3位はシンガポールとなっています。アジアだけをみても、1位シンガポール、2位が香港(世界4位)、3位が台湾(同10位)、4位が中国(同12位)、5位が韓国(同15位)ときて、日本は大きく離されて6位です。
今年は、3月あたりから証券口座への不正アクセスが急増し、これを受けて金融庁や証券業協会からも、多要素認証の必須化や被害に対する補償などについてのガイドラインが急遽出されるなど、後手に回る対応で日本証券業界のデジタル脆弱性を露わにしました。
相次ぐランサムウェア攻撃の脅威
9月下旬、アサヒグループHDがランサムウェアによる大規模な攻撃を受けて国内システムに長期間甚大な影響が発生し、10月中旬にはアスクルもランサムウェア攻撃を受けて関連企業を含めた被害が広がり、両社とも未だに完全には回復していません。アサヒグループHDは「Qilin(キリン)」、アスクルは「RansomHouse(ランサムハウス)」というグループから攻撃を受けたとされ、ともにダークウェブ上に犯行声明が出されています。
現在、日本のデジタル脆弱性を認識した国際犯罪ハッカー集団が、日本企業や官公庁、インフラ設備などの内部ネットワークに侵入し、安全保障面や経済活動面で大規模災害級の混乱を引き起こすリスクはかつてなく高まっています。ランサムウェア攻撃などのサイバー攻撃を行う犯罪ハッカー集団は、トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)などと同様に、グローバルレベルで高度に組織化されていて、全容解明や主犯格の摘発は非常に困難になっています。
この記事の著者・辻野晃一郎さんのメルマガ
国家情報局創設への懸念と課題
日本のデジタル脆弱性が明らかになる中、自民党は11月14日、小林鷹之政調会長を本部長とする「インテリジェンス戦略本部」を立ち上げて初会合を開きました。党内の論点を整理し、司令塔と位置づける「国家情報局」の創設や、「スパイ防止法」の制定に向けた準備を開始する模様です。
しかし、国家情報局の設置やスパイ防止法の制定に対しては、言論や表現の自由を脅かし、市民活動などの監視強化につながるとの慎重論が根強くあります。日本には、戦前から戦中にかけて、特高警察や憲兵が国民を監視し、反戦思想や反戦活動を徹底的に弾圧した過去があるからです。
高市首相は、いわゆる「インテリジェンス」機能の強化をかねてから主張しており、国家情報局の設置を総裁選での公約に掲げ、維新との連立政権合意書にも盛り込まれました。皮肉を込めて言えば、ウクライナ戦争に対するスタンスや、今回の中国を無意味に刺激した発言が象徴するように、自民党政権のインテリジェンス(情報収集能力や判断能力)レベルは、一般国民レベルと同等か、それ以下とも言える印象です。インテリジェンス強化に欠かせないデジタルについても、デジタル庁なるものを創設して以来、そのトップに就いた顔ぶれはどれも頼りない面々ばかりで、寒々しい限りです。
さらには、単に入れ物や法律を整えたところで、国際政治情勢の機微を読み取る情報収集能力や分析能力を備えたプロフェッショナル人材や、セキュリティーに精通した天才ホワイトハッカー的な人材を一定数確保しないことには、インテリジェンスなど絵に描いた餅に過ぎません。仮にそのような人材がいたとしてもそこら中で獲り合いですし、経産省の推計によると、2030年までに日本国内で最大79万人のIT人材が不足するとされます。
日本をデジタル強国にするだけでなく、一流のインテリジェンスを備えた国にする道のりは、今のところまだ歩み始めたばかりで先が見えません。特にインテリジェンスについては、情報収集能力や分析能力等の強化が必要なことは理解できるものの、現存する各種情報機関の司令塔として新設が予定されている国家情報局の役割や権限、そしてそのリスクについては慎重な議論が必要です。前述した歴史からの学びを十分に活かしてほしいですし、直近では「大川原化工機事件」の記憶も新しいところです。
インテリジェンスといえば、米国のCIA、英国のMI6、ロシアのFSB、イスラエルのモサド、韓国のKCIAのような機関のことがすぐに頭に浮かびますが、国家情報局はこれらをモデルとして想定しているのでしょうか。想定しても簡単に作れるものではありませんし、そもそも国家情報局なる組織が本当に必要なのか等、国家情報局ありきではなく、入口のところからしっかり議論して進めてほしいですし、拙速な動きには警戒が必要だと思います。(本記事は『グーグル日本法人元社長 辻野晃一郎のアタマの中 』2025年11月28日号の一部抜粋です。この機会にぜひご登録をご検討ください)
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