中ロに「力による現状変更」の口実を与えるという指摘は妥当か
(2)国際法と前例はどうなっているか?
今回の行動は一国の国家元首を強引に拉致し、同時に戦争でもないのに警護兵をほぼ全滅させたということで、国家主権の否認、現地国内法の無視、戦時国際法の適用されない中で、殺しのライセンスなき殺害になります。つまりは国際法に違反します。
ですが、現在の国際法とは国連憲章にぶら下がっており、常設の法執行機関を持ちません。ですから、トランプ政権の責任者を仮に起訴するとして、法廷に連れて行く手段は皆無となっています。ですから、国際法違反の可能性は濃厚だとしても、このことの具体的な意味は外交上の言葉の応酬以上でも以下でもないことになります。
一方で、類似の先例としてはパナマのノリエガ将軍について、1989年にアメリカが実施した「パナマ侵攻作戦」があります。この時は、電撃的に元首を拉致したのではなく、正規軍同士の戦闘と降伏というプロセスを経たという違いがありますし、またノリエガによる麻薬取引への関与はより悪質で直接的でした。ですが、米国法による起訴が先にあり、身柄拘束がその起訴に対する法執行という名目で行われたという類似性はあります。
ちなみに、ノリエガについては、禁固40年の判決を受けて収監され、後に減刑、更に模範囚として減刑を経ています。また、フランスに送られてマネロン容疑で有罪となって収監されますが、健康を崩したところで母国のパナマへ戻されて死去しています。
類似の事件としては、イラク侵攻によるサダム・フセイン逮捕と処刑というイラク戦争との比較論も成り立ちます。ルビオ国務長官は、イラクの例はアメリカが一方的にカネと兵士の人命を犠牲にして、結局はアメリカもイラクも経済的な見返りがなかった、としています。けれども今回は両者が経済的利益を得るので、2つの事件は180度違うとしています。話としてはそうかもしれませんが、今回についても(1)で述べたように経済的成功は保証されていません。
ちなみに、どうしてイラク戦争との比較論が出てくるのかというと、MAGA派などの間には「アメリカ・ファースト」という政策は「一国主義」という信念があるからです。つまり「他国の政権交代には関与も介入もしない」という「不介入主義」を強く奉じる姿勢です。彼らは、イラク戦争というのは軍産共同体による利権誘導だとして憎んでおり、今回も「ベネズエラとの戦争は反対」だったからでした。
(3)対ロシア、対中国における意味
これは力による現状変更であり、アメリカ自身が国際法に違反して手を染めたことで、ロシアのウクライナ侵攻を追認し、中国の台湾侵攻に口実を与えるという言い方があります。確かに今回の事件は力による現状変更であり、そのことは欧州もアジアも日本も積極的に認めていい内容ではありません。
ですが、ロシアの場合はほぼ総力戦になる中で、何も余裕がないのが現状です。一方で、中国の場合は一人っ子政策世代の兵士を危険に晒すことは不可能、また台湾は同じ中国人ということから、構図が全く違います。今回の事件により、この両国がより短絡的になるとか、彼らに口実を与えるというのは、言葉のレトリック以上でも以下でもなく、実質的な意味は薄いと思います。
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