お米よりも肉食のほうが長かった?旧石器時代が示す、日本人の「本来の食生活」

 

さて、それでは日本の旧石器時代人は何を食べていたのでしょう。

世界史的には旧石器時代人も糖質を摂取していたと考えられますが、日本では単純に肉しか食べるものがありませんでした。

日本列島に、ホモ・サピエンスが居住し始めたのは、上述の如く約38000年前の旧石器時代からです。

当時は最後の氷期(ウルム氷期)であり、とても寒かったので、針葉樹しかありませんでした。

つまり実のなる木(広葉樹)はなかったのです。

ドングリもクリもリンゴも何もなかったのです。

植物食としては、自然薯とコケモモと松の実くらいしかありませんでした。

また、漁労の技術もまだ発達していなかったので、陸上の動物しか食べるものはありませんでした。

ナウマンゾウ、オオツノジカ、ヘラジカ、シカ、イノシシ、ノウサギなどを狩猟して食べていたと考えられます。

北海道ではマンモスも食べていたと思われます。

氷期なので、大変寒くて陸上の水が凍り付きました。

固体の氷が大量に陸上にとり残されていくと、海水の源である液体の水が海に流れ込む量が減少します。

そうすると、氷期には、約130mほど海位が下り、対馬(つしま)、関門(かんもん)、宗谷(そうや)、 間宮(まみや)の4海峡は陸続きとなり、朝鮮半島やロシアとの間を、歩いて行き来できたわけです。

しかし、津軽海峡だけは水深が深いので、一貫して北海道と本州が陸続きになることはありませんでした。

海位は130mくらい下がりました。

このため、シベリアと北海道は陸続きとなり、朝鮮半島と壱岐・対馬は、陸続きとなり、ナウマン象などが渡ってきました。

津軽海峡だけは水深がとても深いので、氷期でも陸続きにはなりませんでしたので、マンモスは本州に渡れなかったのです。

旧石器時代は約22000間続きましたが、この間、私たちのご先祖は、動物の肉以外は、食べるものが、ほとんどなかったと言えます。

このことを考慮すれば「糖質制限食」のことを「新・縄文食」と言っていましたが「新・旧石器時代食」と呼ぶ方が適切と言えます。

日本の歴史は、旧石器時代⇒縄文⇒弥生⇒古墳⇒飛鳥⇒奈良⇒平安⇒鎌倉⇒室町⇒戦国⇒安土桃山⇒江戸⇒明治⇒大正⇒昭和⇒平成⇒令和時代 と続きます。

当初は、この流れで連続的に日本人が形成されていったと単純に考えていました。

しかし、最新の考古学の研究で、古墳時代に大量の渡来人が日本列島にやってきていたことが判明しました。

つまり現代日本人のゲノムの10-20%は縄文時代由来ですが、残りのほぼ80-90%が弥生時代以降で、とくに古墳時代の大量の渡来人由来のゲノムが大きく関与していて、単純に連続的な移行ではなかったのです。

「日本人は22000年間肉食だった」というのは、歴史的事実なのですが、現代の日本人のゲノムの80-90%は渡来人由来ということとなります。

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(財)高雄病院および(社)日本糖質制限医療推進協会 理事長。内科医。漢方医。京都大学医学部卒、同大胸部疾患研究所等を経て、1978年より医局長として高雄病院勤務。2000年理事長就任。高雄病院での豊富な症例をもとに、糖尿病治療、メタボ対策としての糖質制限食療法の体系を確立。自らも二型糖尿病であるために実践し、薬に頼らない進行防止、合併症予防に成功している。

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