一方で中国は世界最大の銅製品の生産国であると同時に、消費国でもあり、その消費量は世界全体の半分以上を占めている。
買い手であり、売り手でもある中国がここ数年にわかに存在感を高めてきたのは、鉱山の確保に自ら道を開いたからだ。
その理由の一つは単純に産業の上流へと遡上したことある。
鉱山を持たず、鉱石を高値で買うしかなかった精錬企業が、その弱点を補うため、南米エクアドルやペルー、そしてアフリカのコンゴ民主共和国などの鉱山を積極的に取得していったのだ。
その裏で中国政府が、国を挙げた資源外交を展開したことはよく知られている。
中国の資源に対する貪欲な取り組みを批判する声は、西側先進国を中心に多く聞かれた。
だが、いま中国が「銅」というアキレス腱を克服しつつあると世界が見るようになったのは、単に海外での積極的な鉱山開発が成功したからだけではない。
もう一つ忘れてならないのは「都市鉱山」に対する取り組みだ。
都市鉱山という言葉は2012年、日本が尖閣諸島を国有化したことに反発した中国がレアアースの輸出を止めたという文脈の中で日本でも多用された。
もっとも実際は、中国のレアアースの輸出規制と尖閣諸島国有化は時期的に少しずれていて、日本のメディアが説明するようなものではないのだが、その話はひとまず置いておく。
都市鉱山とは要するにリサイクルのことで、廃棄された製品に眠る資源を指す言葉だ。中国ではいま、使用済みのEVバッテリーや太陽光パネルからも銅を回収する技術開発が進んでいる。
都市鉱山を有効利用すれば、資源の対外依存を減らせるというメリットがある。事実、中国国内に蓄積された都市鉱山における銅の埋蔵量は、理論上1億1000万トンともいわれている。
これは10年分の国内消費量にも相当する膨大な資源だ。
中国政府は、2025年から2026年にかけて、再生金属の生産量を2000万トンにまで引き上げる政策を掲げている。
見えてくるのは中国の資源に対する貪欲な取り組みだが、この都市鉱山という考え方も取り組みも本来は日本が中国の手本だったと考えると、複雑な気持ちにさせられるのだ。
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