G7サミットで一人“中国包囲網”に狂奔した高市首相の“独り相撲”。それを報じぬ記者クラブ大マスコミの堕落

 

米国は「インド太平洋」概念をやめる

このような高市政権の外交政策のベースは、安倍政権が2016年6月のアフリカ開発会議での議長演説で打ち出した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP=Free and Open Indo-Pacific)」という名の、事実上の「中国包囲網」構想である。これを17年1月に発足した第1次トランプ政権が採り上げ、18年5月30日にハワイの「太平洋軍」司令官がフィリップ・デービッドソン海軍大将に交代する際の式典で、マティス国防長官が太平洋軍を「インド太平洋軍」に改称すると発表した。

デービッドソンと言うとご記憶の方も多いと思うが、その3年後の21年4月の退任を前に上院で予算獲得のための証言に立ち、その中で「今後6年以内に〔つまり2027年までに〕中国が台湾に軍事侵攻する可能性がある」と語り、その後の「台湾危機切迫」論の盛り上がりに火を着けた張本人である(本誌No.1107「中国の台湾軍事侵攻が切迫しているというのは本当か?」など参照)。

この米国の「インド太平洋軍」への改称は、日本の防衛・外交当局にとっては躍り上がって喜ぶような大事件で、某防衛大臣経験者は私と同席したシンポジウムの席で、「戦後初めて……ウウッ、日本が提起した戦略概念を米国が採用してくれたんです……グシュッ」と、涙を流し鼻を詰まらせながら語ったほどだった。

しかし彼らにとって残念なことに、選りに選ってエビアン・サミット開催最中で、翌日にはトランプがインドのモディ首相と会談を予定している6月16日というタイミングで、米国防省は「インド太平洋軍」を元々の「太平洋軍」に戻すと発表した(18日付読売ワシントン支局発)。

これが面白いのは、ペンタゴンの官僚、とりわけ戦略・政策部門のスタッフらは、インドを巻き込んで中国包囲網を形成しようというFOIPの本音にあまり乗り気でないと言うか「危なっかしい」と思っていたので、トランプの気まぐれによる「インド太平洋軍」への改称を元に戻そうと前々から考えていた。取材を通じてその感触を得ていた私は、しかし、第2次トランプ政権の4年間が終わった後にそうっと「太平洋軍」に戻すものと予想していたが、何と、トランプ在任中に断行された。これは、例えばトランプがワシントンの「ケネディ・センター」の理事会に側近を送り込んで自分を理事長に選ばせた上、その歴史ある施設の名称を「トランプ&ケネディ・センター」と改称させようとしたが、ワシントン地裁によって阻止された事件と同様、トランプという「バカ殿」の老人性徘徊症のような気まぐれ行動の始末が在任中に早くも始まったことを意味している。11月中間選挙で敗北した後に始まると見られていたトランプ大統領のレイムダック化が、早くも始まったとも言えるだろう。

「FOIPは日本発の戦略構想」という嘘

ところで、私の知り合いである上述の防衛大臣経験者は「戦後初めて、日本発の戦略概念を米国が採用してくれた」ことで感涙に咽ぶのだったが、実はこれは日本発ではなく米国発ーーそれも、保守派やネオコンの牙城であるヘリテージ財団や、日米安保マフィアの巣窟であるジョージタウン大学CSIS(戦略国際研究センター)などが仕掛けた対日操作に安倍政権が易々と乗せられ取り込まれた結果に過ぎない。

それを象徴するのが、安倍が2012年12月の総選挙に勝って2度目の首相に指名されると同時に、国際的な情報ネットワーク「プロジェクト・シンジケート」に安倍の名前で発表された英文の論文「アジアの民主的な安全保障の四角形(ダイヤモンド)」で、これはどういう訳か日本のメディアでは報じられることがなく、某出版社が日本語の元原稿を提供してほしいと要望したが断られ、では翻訳を載せたいと願い出るとそれも断られた。奇妙なことで、推測するに、安倍が書いた日本語の元原稿はなく、そうかと言って安倍がこれだけの英語論文を自分で書く能力はないので、誰かが最初から英語で書いたのである。

その辺りの事情を、本誌No.866「安倍流『価値観外交』が崩壊した日」が書いていて参考になるので、やや長文になるが以下に【付録】として再掲する(編集部註:【付録】は初月無料のメルマガに今ご登録いただくとお読みいただけます)。また、米国発にせよ日本発にせよ、FOIP構想は「空回り」に終わることを軍事・外交戦略の面から分析した文谷数重「中国包囲網『FOIP構想』の空回りの理由」(『軍事研究』26年7月号)は、「日本が先に手を出さない限り日中戦争は起こらない」という軍事面からの知見に基づいてFOIPの誤りを指摘していて必読である。

また、田中均=元外務審議官が今年1月27日付毎日新聞夕刊「時代を見る目」で次のように述べていたのは、米国の方から「FOIPはもう止めた」と言い出すことを見越した先見の明を表している。

  • 過去数十年、日本は米国と共にインド太平洋戦略やQUADの戦略協議など中国を牽制する仕組みを推進してきたが、このような地域構想については考え直す必要がある。
  • 同盟国と共に中国を制するという発想はもうトランプ政権の米国には希薄であり、日本がこれにしがみつくのはいささか滑稽だ。
  • すなわち、法の支配と自由を掲げた「インド太平洋」戦略は事実上中国を牽制する戦略であったが、トランプ大統領の米国はこのような戦略から離れている。日本は「インド太平洋」から中国との協力も念頭に置いた「アジア太平洋」の外交努力に回帰すべきではないか。……

賛成である。田中が言うような意味で、エビアン・サミットにおける高市は「いささか滑稽」だったのである。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2026年6月22号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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