公明党の「呼びかけ」に食いついたのは野田佳彦と安住淳
もちろん、小川代表だけの責任ではない。いまさら、中道を結成したことを批判するのもむなしいが、高市首相が仕掛けた解散・総選挙を前に、議席数が半減するのではという危機感にとらわれた当時の野田佳彦代表や安住淳幹事長が、高市政権の右派路線を嫌気して連立離脱した公明と結び、新党結成に活路を見出そうとしたことに間違いのもとがある。
中道の結集を呼びかけたのは公明党だった。創価学会は、会員の高齢化が進み、次世代への継承もスムーズにいかなくなっているうえ、新規の入会者が頭打ちとなっているため、年々、会員数の減少に見舞われている。
その影響は選挙の集票力におよび、公明党の比例代表得票数は2000年衆院選の862万票から2025年参院選521万票へと4割もダウン、26年衆院選は中道1,043万票の数字しかわからないが、公明単独の実質的な集票力はさらに落ちている可能性が濃厚だ。
このままでは公明党は立ち行かないと見通し、創価学会本部の指示のもと「中道政治の結集」を自民リベラル派、立憲、国民民主によびかけた。そこに食いついてきたのが野田氏と安住氏だった。
自公連立で“学会票”を見込めたから自民は強かったが、公明が立憲につけば立場は逆転するはず。そんな“現実逃避”ともいえる甘い見通しで、うまくいくはずがない。
希望の党の実例をひも解くまでもなく、選挙のために急ごしらえで結成した政党が成功したためしは歴史上、ほとんどない。野田氏が、落選した議員や候補者の非難の的になっているのは仕方のないことだ。
元立憲代表で中道の衆院議員、泉健太氏は語る。
1月に野田体制のもとで公明党と合流協議をして政策の一致を見たのであれば、今の立憲民主党もその責任を負っている。そういう意味での継続性を担保するために野田さんは、党としての一貫性について今の立憲と粘り強くやりとりを続けるべきだった。
同じ立憲の国会議員たちが、2月の衆院選を境に、「衆院・中道」と「参院・立憲」に分かれ、ここにきて、安全保障やエネルギーといった国家の基本政策での違いを鮮明にせざるを得なくなった。
こうなってくると、リベラル色をあらためて強調する立憲に、中道の立憲系議員が戻るのも難しくなったし、立憲としても「立憲出身議員の復党を今の段階で受け入れる考えはない」(田名部匡代幹事長)と言わざるをえないだろう。
中道の小川代表は頭脳明晰で誠実な人柄だが、参院立憲を吸引する政治的力量は持ち合わせていなかった、ということだ。かつてバラバラだった野党をまとめあげて非自民の細川連立政権を成立させた小沢一郎氏のような“剛腕”は、今の野党陣営には全く見当たらない。
その小沢氏は「解党的出直しが必要だ」と語り、実際に新党結成をめざして動き始めたことを自身の動画番組で明言している。しかし、小沢グループは弱小化しており、かつてのような影響力を求めるのは無理がある。
小沢氏に近い川内博史氏ら元衆院議員が中心となって政治団体「護憲リベラル共生」(略称・ゴリラ)を結成。立憲の現職参院議員を含め、計16人が参加する見通しというが、大きな勢力に拡大していくとは思えない。
立憲の創設者、枝野幸男氏も「立憲ネットワーク」というあらたな政治団体を6月1日に立ち上げている。とはいえ、来春の統一地方選を見据え、埼玉県議やさいたま市議など計6人が加入しているだけで、ただちに新党に結びつくような動きではない。
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