【爆笑!実録地球の歩き方】バックパッカー、イランのブタ箱にぶち込まれる

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牢屋の中で

そして直後に頭をよぎった言葉が、牢名主(ろうなぬし)。テレビや映画の時代劇で見た牢名主は畳を何枚も重ねた上にデーンとあぐらをかき、ほかの囚人をたきつけて新参者をいびる。イランの留置場に畳はないが、ここは下手に出るべし。僕は薄暗い、そして蒸し暑い部屋に一歩足を踏み入れると、ひとりひとりの瞳に向かって日本式に深々と頭を下げ、ペルシャ語で「サラーム(こんにちは)」とあいさつした。

すると意外にも全員が「サラーム(こんにちは)」とあいさつを返してくれたではないか。おかげで僕の気持ちは少し和んだ。

暗闇に目がなじむと8畳ほどの空間に先客が5人いることがわかる。さらにさすがペルシャじゅうたんの国イラン、ブタ箱でさえ薄手のじゅうたんがコンクリートの床に敷いてある。しかしそのじゅうたんには男たちの足の裏と汗の臭いが染みついているうえに換気の悪い室内にはたばこの煙が充満していて、お世辞にも住みよい環境とはいえない。

じゅうたんの上におとなしく正座していると、男たちがさっそく声をかけてきた。ほとんど言葉が通じないものの、お互いゆっくりゆっくり英語とトルコ語にゼスチャーを交えて話せば、彼らの拘置理由が次第にわかってきた。ひとりを除いた全員が僕と同じくこの日にしょっ引かれてきたこともわかった。

こんな感じのペルシャ絨毯が敷かれていたのです(友人宅のこの絨毯は豪華すぎ!)。

こんな感じのペルシャ絨毯が敷かれていたのです(友人宅のこの絨毯は豪華すぎ!)。

叔父・甥の間柄のふたりは、一緒に自宅でアゼルバイジャンから密輸されたウオッカ4本を飲み干したところで、踏み込んできた警官に現行犯逮捕されたという。近所のだれかに密告されたらしい。

別の若者は首都テヘランから友人たちと車で旅行していて、僕と同じく職務質問された際に身分証不携帯だったため、すでに丸3日も留め置かれていた。

また、アゼルバイジャン人の中年男は夫婦でイランに仕事で来ていたが、出国の検査でパスポートに糊づけした顔写真が剥がれていたとかで留置されていた。実際にパスポートを見せてもらったら本当に写真が剥がれていて、思わず吹き出してしまった。これなら出国検査で不信がられても文句はいえない。

もうひとりの若い男は容疑がわからぬまま、翌朝部屋を出ていった。

どうもみんな大した容疑でもなさそうで、彼らと一緒の部屋に入れられた僕の容疑もさほど深刻なものではなさそうだと予想できたが、それでも不安が払拭されたわけではない。僕を連行したのが警察ではなく国境警備隊だったからだ。

そんな彼らだったが、中でも叔父とウオッカを呷って現行犯逮捕された26歳のムスタファと親しくなった。シルベスター・スタローンによく似た風貌の彼の左足首は、象の足のように腫れ上がっていた。7年前の1986年に19歳で従軍したイランイラク戦争の戦闘中に、くるぶしに貫通銃創を負ったのだという。本当にランボーみたいなヤツだ。

「野戦病院の外科医がヘタクソでさ、それでこのザマだよ」

象の足のような腫れはヘタな手術の後遺症だったが、足首を上下させたり指を曲げ伸ばしさせて、機能に異常のないところを見せてくれた。

「なあ、ムスタファ、イランで酒を飲んで逮捕されたら、どんな刑になるんだ?」

「背中に鞭打ち80回。でもさ、前もって鞭打ち執行人に2000~3000トマン(1300~2000円)の賄賂を払えば、あまり痛くされないって話だぜ。まあ、2、3日ここでおとなしくしていれば出してくれるだろう」

と、ムスタファはうそぶいて、留置されていることに嘆息するでもなく終始飄々としていた。

ちなみに当時のイラン人の月収は2、3万円だったから、ムスタファのいう賄賂は月収の十分の一程度で決してべらぼうな額でもない。

初日の夜は、じゅうたんに染みついた、えもいわれぬ悪臭に辟易しながらも、さすがに40キロを歩いた疲れが出たらしく、日付が変わるころには浅い眠りについたが、閉ざされた鉄扉をか細くカンカン叩く音で目が覚めた。

室内にはまったく照明がない。しかし鉄扉の上部は格子状になっていて、廊下の裸電球の心細い光がうっすらと差し込んでいる。薄目を開けて様子を見ると、この夜で4泊目を迎えたテヘランからの旅行者が、鉄扉にへばりつくように立ってノックしていた。彼はひどい下痢と腹痛のせいでのべつ幕なし部屋の外側にあるトイレへ通っていたが、深夜と午後の時間帯は鉄扉が外から施錠されるため、こうやってノックして若い警官を呼んで鉄扉の監視窓からたばこを1本差し出して火をつけてやり、そっと錠をはずしてもらうのだ。

翌朝、新入りが来た。だれかとおもったら、前夜に取調べ室で怒鳴り散らしていた熊のような大男だった。あのときの威勢はどこへ行ったやら、借りてきた猫よろしく大きなからだを持て余すように部屋の隅っこで体育座りをしている。

さっそくみんなが彼のぐるりを囲んで質問攻めにしだした。

スレイマンと名乗ったアラフォーの彼は、ムスタファたちと同じく飲酒の現行犯で逮捕されたとのこと。やはり昨夜見たロレツの回らないスレイマンは大トラ状態だったのだ。

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