みなさんは『ナガサキの郵便配達』という本をご存知でしょうか? この本は、英国空軍の元将校ピーター・タウンゼント氏が1978年に初めて日本の長崎を訪れた際、被爆者の体験談に感動し、1982年から本格的な調査を開始して執筆したドキュメンタリー小説です。タウンゼント氏は戦争被害にあった子どもたちに関心を抱き、その中で16歳の時に郵便配達中に自転車ごと被爆した谷口稜曄(たにぐち・すみてる)氏と出会います。そして、背中一面に重い火傷を負うという過酷な状況を生き抜いた谷口氏の姿に強く心を打たれました。

1940年頃のタウンゼント氏。image by: Daventry B J (Mr), Royal Air Force official photographer, Public domain, via Wikimedia Commons
タウンゼント氏は、こうした谷口氏との運命的な出会いを経て、6ヶ月もの間、深夜まで話し合いを重ね、多くの被爆者や関係者から貴重な証言を収集。こうして書き上げられた『ナガサキの郵便配達』は1984年に英国で出版され、連合国側から原爆とその恐ろしさを初めて世界に伝えた感動的な物語となり、「平和の教科書」とも称されています。
日本語版は一度絶版となったそうですが、谷口氏の依頼を受けたデザイナーの齋藤芳弘氏が、タウンゼント氏の娘イザベル・タウンゼント氏の承諾を得て2018年に再版しました。

『ナガサキの郵便配達』日本語版(2018年再版)
この本を、朗読という形で後世に伝えようというイベント「ナガサキの郵便配達・朗読と音楽の集い」が2026年8月9日(日)の長崎原爆記念日「ながさき平和の日」に東京・築地の朝日新聞東京本社「浜離宮朝日ホール」で開催されます。
本イベントは「Together with Peter Townsend for Peace」と題され、毎年開催されてきました。今年は、昨年の阿川佐和子氏(作家・エッセイスト)、中江有里氏(女優・作家)、長谷川真弓氏(女優)、松田洋治氏(俳優・声優)に加え、魏涼子氏(女優・声優)、有森也実氏(女優)の6名が、「誰も書けなかった長崎の悲劇」を心を込めて朗読します。また、佐藤洋平氏(クラシックギター)、増井咲氏(ピアノ)が生演奏で参加、第二部の朗読出演者全員によるトークショー「私が、朗読に参加した理由」では元TBSでフリー・アナウンサーの安東弘樹氏が司会進行を務めます。

今回、このイベントに以前から出演し、今まで多くの人々に原爆の恐怖と平和の感動を伝えてきた、NHKドラマ『太陽の子』で主演を務めるなど数多くの舞台やドラマで活躍する女優の長谷川真弓氏、そしてドラマや舞台をはじめ映画『もののけ姫』主人公アシタカの声や映画『タイタニック』のディカプリオ吹き替えも務めるなど多方面で活躍中の俳優・声優で今回の「舞台演出」も手がける松田洋治氏のお二人に、本イベントへの意気込みや朗読の意義などについていろいろとお伺いいたしました。(聞き手:MAG2 NEWS編集部・田端宏章)

左より、松田洋治さん、長谷川真弓さん
この「ご時世」だからこそ語り継ぎたい。朗読と音楽で紡ぐ「原爆の恐怖」と「平和への祈り」
──今回は、お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。長崎の原爆の恐ろしさを伝えるドキュメンタリー小説の朗読を、豪華な出演陣で毎年おこなっている本イベントですが、そもそも出演することになった最初のきっかけについて教えてください。
松田洋治(以下、松田):はっきりとは覚えていないのですが、まだAudible(オーディブル)のようなサービスもなく、オーディオブックそのものが珍しかった時代に、『ナガサキの郵便配達』の朗読を録音して配信するという企画があったんです。そこに参加したのが、最初のきっかけだったと思います。
──最初はオーディオブックの企画だったのですね。
松田:そうなんです。その流れから『ナガサキの郵便配達』の日本語版の再販を手掛けられたデザイナーの齋藤芳弘さんにお会いしました。

松田 洋治(まつだ・ようじ) 俳優・ナレーター・講師。舞台、映像、アニメーションなどで活躍。2019年、ナガサキの郵便配達オーディオブックの朗読を女優・長谷川真弓氏と担当して以来、2021年・2025年日比谷公会堂、2023年小倉・長崎公演と出演。今年のイベントでは演出も担当。
──そうすると、すでにコロナ前からの取り組みだったということですね。
長谷川真弓(以下、長谷川):そうですね。2019年頃には朗読をおこなうようになっていました。この作品との最初の関わりは、齋藤さんから「この本を読んでくれませんか」とお声がけいただいたことでした。本そのものは以前からいただいていて、改めて朗読をお願いされました。
──回を重ねるごとに、規模も会場も大きくなってきましたね。昨年が日比谷図書文化館コンベンションホール(大ホール)、今年が浜離宮朝日ホール。
松田:アンソロジストの濱田髙志さんをはじめ、いろいろな方が動いてくださって、周囲を巻き込みながら少しずつ大きな催しになっていきました。今回は、私が関わってきたなかでもいちばん大きな規模になります。出演者も前回よりさらに増えて、6名の朗読で臨みます。
──この本のお話を最初にお知りになって、朗読するということになったとき、それぞれどのように感じられましたでしょうか?
長谷川:そうですね、今の世界情勢を見ても、どんどん極端な方向へ進んでいるように感じます。そういう意味でも、日本の長崎で実際に原爆が落ちた時のこと、その後にどういうことが起きたのかということを伝えることの重要性を感じました。

長谷川 真弓(はせがわ・まゆみ) 女優。1970年代より数多くの映画・ドラマに出演。「太陽の子」「父の詫び状」「予備校ブギ」「大好き五つ子」舞台はこまつ座「きらめく星座」2025年、大森カンパニー「家族、片恋」に出演。繊細な感受性と静かな情熱を併せ持った朗読も高く評価されている。
松田:私にとって、まず印象的だったのは、この本が「連合国側の方によって書かれたものだ」という点です。本の中に軍事的な視点がまったくなくて、最初は少し不思議な感じさえおぼえました。「原爆投下をどう正当化するか」という本でもなければ、逆に「連合国側を一方的に断罪する」という本でもない。英国の元軍人という立場の方だったからこそ、被爆者側の声に多く耳を傾けることもできたのだと思いますが、そのどちらでもなく、ひとりの人間として感銘を受け、衝撃を受けて書いている。そう感じられたんです。
そして、こうした活動を、自ら表に立っておこなうということは大変勇気がいることだったと思います。この本を届けるために、平和を訴えるために、あえて自分が表に立つことを選んだ。その姿が強く心に残りました。
──それは、相当な勇気がいることだったと思います。タウンゼントさんの母国である英国や、原爆を落とした当事者である米国には、原爆投下を正当化している方も少なくなかったのではないでしょうか。そうした批判が来ることを半ば覚悟のうえで、勇気を持って関わられたのだと感じます。
松田:今とはまったく違う時代ですから、なおさらです。賞賛が増えれば、同じ数だけ批判も増える。本当に大変だったと思います。
──戦争は、ウクライナ等で今も現在進行形で続いていますし、世界情勢も不穏です。AIで攻撃目標を選んで攻撃する、といった恐ろしい話もニュースになっています。戦争が歴史の教科書のなかの出来事ではなく、リアルタイムのものとして、また身近に迫ってきていると感じるからこそ、こうした試みが必要なのだと思いますね。
長谷川:おっしゃる通りだと思います。現実を、現実としてきちんと見つめること。それがいま、いっそう難しくなってきていると感じます。
──日本は、今のところ世界で唯一の被爆国です。ほかに例がないということも含めて、伝えていく意味は大きいですよね。今回のイベントには、どういった方々に来ていただきたいとお考えですか?
松田:やはり、若い世代の方に来ていただきたいですね。原爆の恐ろしさを、頭で理解するだけでなく、リアルに感じてほしいんです。街が消える、家や学校がなくなる、というよりも、「自分の身体にこんなことが起きたら」と想像したときの恐怖こそが、いちばん生々しく、いちばん怖い。
あの原爆が使われたのは、80年前のことです。世界で初めて使われた原爆でした。けれど、当時のものに比べて、今の兵器ははるかに強力です。言い方は悪いのですが、もし同じことが今起きたら、いったいどれほどのことになるのか。想像するだけでも恐ろしいと思うんです。

──かつては核爆弾の保有数を国同士が争っていた時代もありましたが、ドローンのように人を介さずに攻撃できてしまう兵器も登場しています。本当に恐ろしいことです。
長谷川:もう、本当に恐ろしいですよね。実は、その兆候はもう現れ始めているようにも思います。たとえばネットでは、同じような動画を繰り返し見ているうちに、そこで言われていることを本当のことだと思い込んでしまう、ということが起こりがちです。毎日見ていると、その内容が嘘かどうかを判断できなくなってしまう。
松田:そこが怖いんですよね。しかも、アルゴリズムで同じ種類の情報だけが表示されるようになる。そうやって情報が偏りはじめると、世の中全体がそうなんだと信じてしまう。
私自身のことで言えば、私の周りの感覚だと「ある事柄」に賛同する人は1割くらいかもしれない。けれど現実には、世の中の半分以上、6割ほどがそう考えている、ということもあり得る。私の感覚と現実とのあいだに、大きな隔たりがあるわけです。
だからこそ、この時代の恐ろしさを感じます。原爆を落とすといった大きな出来事だけでなく、人間がこれほど簡単に判断を狂わせてしまうということ。そこを伝えたいんです。こういう時代だからこそ、声を上げていくことが必要なのだと思います。
──国や世界など、大きな単位の話になると、なかなか想像が及びませんよね。
松田:だからこそ、朗読なんです。朗読は、想像力を刺激し、想像することそのものを促すものです。音楽や映画以上に、聴き手が自分の想像力を働かせる必要がある。私は、そこがとても良いと思っていて、みなさんの想像力を促す方法で今後も伝えていきたいと考えています。
──想像力は、今の時代にこそ、いちばん必要なものだと思います。想像できないからこそ、簡単に戦争を肯定してしまったりするわけですよね。
長谷川:最初は、漠然としたイメージで構いません。けれど、それがどれほど痛いことか、どれほど痛ましいことかを想像していただくのは、簡単ではない。だからこそ、それはプロである私たちにできることだと思うんです。ひとりで本を読むよりも、その痛ましさをイメージとして届けること。それが、私たちの役割だと思います。
松田:何年か前に観た『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』(2015年、イギリス)という映画があるんです。ドローンのような兵器によって、ある街に爆弾が落とされるという話です。最初に主人公とヒロインが出てきて、そこに少女もいる。場面はドローンの操作画面に切り替わり、操縦士が画面上で、決められた時刻に爆弾を落とす。けれど、その操縦士がいるのは戦場ではなくアメリカ国内で、ドームのような安全な場所で操作しているだけなんです。仕事を終えると、外はもう普通のアメリカで、車で10分も走ればいつもの自宅に帰れてしまう。
──その操縦士にとっては、それが「日常」ということですね。
松田:これが、ものすごく怖かった。民間人の住む家を爆撃して人を殺しているのに、それが戦闘の現場ですらない。アメリカ国内からターゲットの国を攻撃して、終われば普通に家へ帰っていく。指揮官役をアラン・リックマンが演じていましたが、その人物も、ごく普通の日常を生きている。民間の家を爆撃しながら、ですよ。

──そのコントラストは、凄まじいものがあります。
松田:リアルタイムで爆弾を落としている人よりも、さらに軽い感覚で罪悪感がどんどん薄れていく。現場で戦う人の痛みもどんどん減っていくわけです。
──昔のように、地上で直接ぶつかり合う戦いではなくなってきている、ということですよね。
松田:相手の顔が見えるということがなくなっていく。そうしたことが、人間をどれほどおかしくしてしまうか。私の父は、戦争のときまだ5歳ほどでしたから、記憶もごくわずかです。あまりに遠い昔のことで、かろうじて覚えている、という程度です。今ではもう、戦争そのものがテレビのなかの出来事のようになってしまっている。無意味な戦というものを実感している人は、本当に少なくなってきました。
──私の祖母は、3年前に95歳で亡くなりました。戦争当時は15歳くらいで、茨城県の鹿島にいてゼロ戦に乗って出撃していく人たちを、泣きながら見送った記憶があると話していました。私自身も、そうした話を子どもの頃に聞いて育ちましたが、こうした体験を語れる人がいなくなれば、もう伝わらなくなってしまいますよね。
長谷川:核を持つということについても、同じことが言えると思います。ここまで来てしまったものを、80年もかけて変えようとするのは大変だ、もう無理だ――そういう考え方も、確かにあるかもしれません。けれど、人間である以上、誰しも間違いを犯す可能性がありますよね。
松田:そうです、核を撃ちたい人などいない。誰も撃ちたくないし、撃つつもりもない。それでも「存在している」ということは、「そんなつもりはなかったのに起きてしまった」ということが起こり得るんです。だから、存在していること自体がよくない。存在したらダメなんです。撃つつもりがなくても、存在してしまうことでどんな為政者が出現するかわからないわけですから。
──そうですね。あえて名前は申しませんが、ある国の誰かが核を撃ってしまいそうな危うい場面が最近ありました。もしあれで本当に撃ってしまっていたら、連鎖的に相手国も、その同盟国も巻き込まれて、取り返しのつかないことになりかねなかった。報復が報復を呼ぶわけですから。
松田:「撃たなければいいのに」「そんなことをしなければいいのに」と思います。私たちの想像力と、観てくださるお客さまの想像力。その両方に委ねることで、平和というものは成り立つものだと思っています。今回の朗読に限らず、何かしら興味を持っていただいて、どんな方であれ手を挙げてくださるなら、私たちにできる最善の形でお応えしたい。そう考えています。
長谷川:これは戦争や核兵器とどう向き合うのか、ということでもあります。『ナガサキの郵便配達』の中には、20代、30代といった若い方々が亡くなっていく姿も描かれています。いったんは元気を取り戻して退院し、家に帰っても、また病に倒れてしまう。自分がそうなることなど想像もしていなかったでしょう。そうした方々が現実にいたとお聞きしました。
松田:だからこそ、私たちがやるべきことは、会場のみなさんと私たち自身の想像力を刺激することなのだと気づいて、強く心を動かされました。ぜひ、8月9日に会場へ足を運びいただき、想像力を刺激していただきたいと思います。
──本日はお忙しい中ありがとうございました。当日、たくさんの方がご来場されることを願っております。

【取材を終えて】子どもの頃、学校で読むことを勧められた漫画『はだしのゲン』が今、学校から排除され始めているというニュースを数年前に扱ったことがありました。原爆や核兵器の恐ろしさを伝えることで「不都合」が生じる人たちが少なからずおり、世界で唯一の被爆国である日本にも「核武装が必要だ」と唱える人も戦後80年を過ぎて増えてきていると聞きます。そう主張される方々こそ、この朗読を聴きに足を運んでいただきたいと思います。そして、ここで語られる出来事が自分に降りかかったことを、めいっぱいの想像力を使って想像してみてください。それでも、あなたは「いつか誰かがボタンを押してしまうかもしれない」核兵器で武装することを支持するでしょうか。8月9日に会場でお待ちしています。(MAG2 NEWS編集部・田端宏章)
協力:ソニー・ミュージックアーティスツ
濱田髙志
イベント概要

『Together with Peter Townsend for Peace』
ナガサキの郵便配達・朗読と音楽の集い
出演:(朗読)阿川佐和子、中江有里、魏涼子、有森也実、長谷川真弓、松田洋治 (演奏)佐藤洋平、増井咲 (トークショー:司会進行)安東弘樹
2026年8月9日(日)13:30開演(12:30開場)〜16:30終演予定
於:浜離宮朝日ホール(朝日新聞東京本社)
全席自由席
参加費:一般 6,000円(高校生以下2,500円)
ロビーにて写真展示開催 缶バッジプレゼント
チケットご購入:チケットぴあで下記のQRコードにてご予約ください。
Pコード:325821
https://t.pia.jp/pia/event/event.do?eventCd=2615340

お問い合わせ:03-5541-8710
主催:ナガサキの郵便配達制作プロジェクト
image by: MAG2 NEWS








