働いてない人は目が死んでる。寿命100歳時代を生き抜く方法とは?

 

定年後に働くと、いいことずくめ

高齢社の社長・上田さんは「定年後に働くと、いいことずくめだ」と言う。

まず健康にいい。働くことで元気になる。熊野さんは毎日毎日1万4,000~5,000歩も歩いて働くことで、半年で太りすぎを克服した。適度な緊張感と責任感が、元気な体をつくり、健康寿命を延ばしてくれる。

第2に、働いて稼いだお金は、いい「お小遣い」になる。貯蓄を取り崩して遊ぶことには抵抗を感じる人が多いが、自分で稼いだ金は、孫に何か買ってあげたり、ゴルフにも気分良く行ける。

第3に「生きがい」を感じられること。遊んでいるだけでは、自分がこの世からいなくなっても、誰も困らない。職場で頼りにされることで、自分自身の存在意義を感じることができる。

社会にとっても、少子高齢化で人不足になったり、また農業や介護など、若い人が行きたがらない分野がある。そういう分野で、高齢者が進んで仕事をすることで、社会への恩返しにもなる。

体が動くうちは働いて世の中のお役に立つことが幸せ

我が国は長寿社会として世界の最先端を走っているが、同時に我が国の文化伝統には、長寿社会に適した労働観がある。

キリスト教文化では、労働とは知恵の木の実を食べたアダムやイブが神から与えられた罰とされている。だから、早く金を貯めて退職し、気ままな余生を送ることが夢になっている。そのため、働かない余生がいかに虚しいか、という事に気がつかない。

欧州では、まだ伝統的な家族制度が根づいていて、老人は孫の世話など家庭内の出番があるから良いが、アメリカでは仕事もなく、家族からも切り離された老人が寂しく公園で時間をつぶしている。

筆者も、アメリカに留学した頃、歓迎パーティで出会った老婦人から、初対面なのに「ぜひ遊びに来てくれ」と、懇願するような顔つきで誘われて、返事に窮したことがあった。家族も仕事もない余生とは、かくも寂しいものなのだな、と感じたものだ。

それに比べれば、我が国は高天原の神々でさえ、田畑を耕したり機織りをしたりして働いている。体が動く限りは働いて世の中のお役に立つことが幸せなのだ、というのが、我が国の労働観である。

こういう社会では、商社マンとして功成り名遂げた人が、70歳から介護の仕事についていても、尊敬されこそすれ、誰も軽蔑したり、不思議がったりはしない。60過ぎの老婦人が、仕事に役立てようとパソコンと悪戦苦闘していても、職場で応援されることはあっても、からかったりする人はいない

この崇高な労働観が伝統文化として根づいているのが、日本社会の美風である。その美風をますます広めて、100歳になっても世の中のお役に立つ仕事をすることが幸福だという生き方を多くの国民に実践して貰いたいものだ。そんな「寿命100歳」時代のお手本を世界に示す事は、国際世界に対する貴重な貢献となろう。

文責:伊勢雅臣

image by: Shutterstock

 

Japan on the Globe-国際派日本人養成講座
著者/伊勢雅臣
購読者数4万3千人、創刊18年のメールマガジン『Japan On the Globe 国際派日本人養成講座』発行者。国際社会で日本を背負って活躍できる人材の育成を目指す。
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