【書評】従業員を愛し当たり前を排す。あるバス会社が起こした奇跡

 

野村社長は、経営幹部たちに、営業強化のための企画を考えてほしいと言った。ところが、数日経って出てきた企画は、「1つのバス停の周辺にある家庭200戸にまずはチラシを配ります!」というものすごく小さすぎるプランだった。営業活動をやったことのある者がおらず、誰も営業強化に乗り気ではなかったのだ。

しかし、従業員を愛すると決めた野村社長は、まずはそのみんなの意見を尊重し、みんなを信じて実行してみようと思った。

「白樺通19条」というバス停付近半径200mの住居に向けて、みんなで作成した「路線図」と「時刻表」を各家庭のポストを入れて回る。しかし、家の前に人がいると黙ってポストに入れるわけにもいかないから、「こんにちは! 十勝バスです!」と挨拶した。そして、住民にチラシと時刻表を渡しながら、住民と会話をしていると、自分たちが思ってもみない言葉が次々に出てきた。

「バスって、今は料金はいくらなの?」

「バスの乗り方が分からない。前から乗るのか、後ろから乗るのか、分からない」

「『帯広駅行き』って言っても、どこ通るか分からないから、病院に行けるか怖くてね(最寄りのバス停だと、全部病院に止まるのに)」

「お金は先に払うの? 後から払うの?」

「どこで降りていいのか分からない時はどうすればいいの?」

野村社長はこれまで、バスは1時間に2本ぐらいに減っていて、「不便」だからみんな乗らないのだと思い込んでいた。しかし、そんな報告を聞きながら、理解した。

「そうか、『不便』だから乗らないんじゃなくて、『不安だから乗らないんだ。乗りたくないんじゃなくて、どう乗ったらいいのか分からないから乗らないんだ!」

そこで、十勝バスは、病院や学校、スーパーなどのイラストがついた「目的別時刻表」を作って配ることにした。すると、いつも素通りだった「白樺通19条」のバス停に、ぽつぽつと待つ乗客が増え始め、野村社長と従業員たちは大いにヤル気を増した。

他の停留所の付近の家庭も回るようになり、町内会や地域行事に出かけては「バスの乗り方の出前講座」を開催し、人気を集めるようになった。従業員からは次々と面白い企画が上がるようになり、乗客が増えるのを目にする運転士も嬉しくなって乗客への対応が良くなっていった。

戸別訪問を始めてから3年が経った2011年、運送収入がついに前年比でプラスに転じた。実に40年ぶりのことだった。全国でバスの利用客が減り続けている中で、独自の取り組みによって収入をプラスにできたバス会社は、十勝バスが初めてである。

十勝バスの奇跡的な業績復活は、北海道だけでなく全国のマスコミに報道され、全国から視察が相次ぐ注目のバス会社となった。その物語は、TEAM NACS森崎博之主演でKACHI BUS」としてミュージカルにもなった。

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