トランプ大統領が急ぐ理由はすでに述べましたが、金正恩氏の北朝鮮にとっては、会談が開催されればよく、それも延期になればなるほど、時間が稼げるため、ベターだったとも考えられます。米朝首脳会談の可能性が模索されている間は、アメリカによる対北朝鮮軍事作戦はないでしょうし、後ろ盾となる中国や、再度、存在感を出してきたロシアと協議する時間を得ることができます(さらには、シリアのアサド大統領が訪朝するとの噂もありますし、イランとの協働も噂される事態です)。
交渉戦略として、時間軸をコントロールせよという戦略があるのですが、時間的に余裕がある北朝鮮側に有利に働く可能性があります。すでに、トランプ大統領自身が「今回の会談で全て決めるのではなく、あくまでもプロセスの幕開け」と言っているわけですから、北朝鮮としては、小さなYESを小出しに出しつつ、のらりくらりとアメリカからの要求を「まだ準備が出来ていない」とか「それには深い検討が必要なので時間が欲しい」とかわすことが可能になるからです。
まだ、アメリカサイドの交渉戦略がはっきりと定まっておらず、様々なオプションの準備や検討もできていない中、アメリカにとって、今、首脳会談を強行するのは、あまりにもリスキーだと考えます(米国務省やCIAの方たちもそう考えているようですが)。
中国とロシアの“暗躍”からも目が離せません。中国については、トランプ大統領の中止宣言を受けて、一度は手足を縛られた状態に陥ったのですが、再開が決まった瞬間から、対平壌の働きかけはもちろん、今回の会談場所を“提供する”シンガポールにもいろいろな仕掛けをしているようです。
シンガポール政府は一貫して「あくまでも中立国として場所を提供するのみ」と発言し、米朝首脳会談の“中身”やシンガポールとしての立場の表明は避けていますが、中華系のシンガポール人が実権を握る国ですので、諸々の働きかけが(それも激しい)あるようです。
今のところ、習近平国家主席のシンガポール電撃訪問はないとされていますが、6月12日に突如現れるような仕掛けが、シンガポールの協力を得て、行われている気配もあります。特に朝鮮戦争の終結をめぐる案件が、米朝首脳会談のテーブルに載せられる場合に備えて、“当事者”としての立場を堅持するため、近くにいる可能性が高くなっています。
ロシアについては9月にプーチン大統領と金正恩の首脳会談が予定されており、すでに平壌サイドも歓迎の意を伝えています。これは、表面的に見れば、北朝鮮にとっては、対米のリスクヘッジとして、ロシアを味方につけたいとの思惑の表れと理解できますが、ロシアにとっては、もともと表裏両方で真の後ろ盾としての立場があり、その地位が中国に脅かされ、そしてアメリカが北朝鮮に接近してきていることを受け、平壌に「そもそもずっと味方なのは誰なのか」を再認識させるという狙いがあるのでしょう。
とはいえ、かつての状況に比べると、ロシアにとって、北朝鮮はさほど重要性がある国ではなく、あくまでも対米対日の壁であり、対中国で牽制をするための道具にすぎない、との見方もモスクワには根強くあります。ですが、今回、米朝首脳会談の開催を受け、対米で牽制球を投げる意味で、9月のロシア・北朝鮮首脳会談を実施するようです。つまり、来週開催されるのは、米朝首脳会談ですが、その後ろには、すでに中国、ロシアがしっかりと控えているのです。