人間誰しも辛いことや苦しいことに出会うもの。そんなときには少し物事の捉え方を変えるだけで、豊かな気持ちを得ることができるかも知れません。そんな考え方を学べるのが、現在ブームになっている俳句。今回の無料メルマガ『致知出版社の「人間力メルマガ」』では、テレビなどでもお馴染みの俳人・夏井いつきさんが、俳人としての心のあり方、俳句の奥深さを語っています。
俳句には人生を前向きにする力がある
私たち俳句を詠む人間にとって吟行(ぎんこう)は日常の一部です。
仲間と一緒のピクニックなどはもちろんですが、例えばタクシーに乗っている時もご飯をつくっている時も、その心持ちさえあればすべてが吟行です。目や耳など五感から入ってくる情報でアンテナに触れるものがあれば、すぐに掬い取って句帳にメモし、その五感を頭の中で変換し文字に変えていきます。
昔のことですが、吟行をしながら頭の中で言葉をこねくり回していてウンザリしたことがありました。その時、墓石の隙間に生えるスミレがふと目に止まり、瞬間、ハッとしました。自分の脳味噌から出てくる言葉は自分以下のものでしかない、スミレや石、風、空のほうが私の灰色の脳細胞よりも、よっぽど新鮮な情報を持っていることを教えられたのです。五感を働かせることで、そんな体験をすることも少なくありません。
俳人の世界ではよく「生憎という言葉はない」と言われます。
「きょうは生憎の雨で桜を見ることができない」
これは一般人の感覚ですが、俳人たちは「これで雨の桜の句を詠める」と考えます。雲に隠れて仲秋の名月が見えない時には「無月を楽しむ」、雨が降ったら「雨月を楽しむ」と捉えます。
これは日本人ならではの精神であり、俳人の心根にあるものなのかもしれません。その精神で俳句を続けていくと、個人的な不幸や病気、苦しみ、憎しみなどマイナスの要素のものが、すべて句材と思えるようになるのです。
私たちの仲間でも、病気や家庭の事情などを抱えながら頑張って生きている人がたくさんいます。引きこもっていた人が俳句に出合って外に出歩けるようになったとか、視覚に障害を得て落ち込んでいた人が元気になったとか、大切な家族を亡くされた人が俳句仲間に支えられて立ち直ることができたとか、そういう例は枚挙に遑がありません。
それまで何をやってもマイナス思考で、螺旋階段をグルグル回りながら果てしなく下りていくように生きていた人が、物の見方が全く変わっていきいきとした人生を生きるようになる。
これこそが俳句の力ではないでしょうか。
image by: Twitter(@神栖市立図書館)